蜀犬 日に吠ゆ

2009-05-17

[][][][]里仁第四を読む(その5) 20:41 はてなブックマーク - 里仁第四を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

君子徳を懐う

 里仁第四(67~92)

77 子曰。君子懐徳。小人懐土。君子懐刑。小人懐恵。

(訓)子曰く、君子、徳を懐(おも)えば、小人は土を懐い、君子、刑を懐えば、小人は刑を懐う。

(新)子曰く、為政者が徳義に基づき善政に心がければ、人民は土地に安んじて動かぬ。為政者が刑罰を万能にたよれば、人民は欲求不満をおこして逃亡しかねない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 懐恵とは、政府からの恩恵をねだること。為政者側から見れば恩恵であるが、人民側から見れば要求である。その結果がどうなるかと言えば、政府が法律ずくめならば当然要求は通らない。そして最後には人民が土地から逃亡することが考えられる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 この解釈は、本当かなあ。ちょっと疑問。

 むしろ宮崎先生の特色は君子小人の解釈にあるのですから、貫いてほしいですよねえ。

 母里の解釈。

 「諸君らは常に徳を思え。土着の悪弊にこだわってはならぬ。諸君らはつねに刑を思え。恣意的な恩恵はえこひいきとなり、国を安んじるには足らぬ」


 これまた独創的な解釈の加地先生に近いでしょうか。

 老先生の教え。教養人は善く生きたいと願うが、知識人は(地位や豊かな生活の)安泰を願う。教養人は責任を取る覚悟をするが、知識人は(お目こぼしで)なんとか逃れたいと思う。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 「小人懐恵」で、土地から逃亡する……そこまでの飛躍にはついていけません。

(追記)

 ただ、「官に法あれば民に策あり」というのが中国の価値観であり、

 善政の場合には人民が土地に安んじ、悪政の場合には逃亡するというのが、中国の歴史を通じて普遍な政治観である。懐恵の二字をそこまで訳すのは、もし原文が近世の文章であったなら、明らかに訳しすぎである。しかし二千数百年まえの古文の場合、まだ表現力の不十分な時代の文章を、現代の人に分るように訳すためには、この位の言葉を附加することがかえって必要であろう。もちろん多少は原義からはみ出す危険はあるが、何よりもはっきりした意味を伝えたいのが私の立場である。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 というのは分からないでもありません。(だから、「ははは宮崎先生やってますな」になるのですが。)


 ところで、

徳(トク de)と土(ト tu)、刑(ケイ xing)と恵(ケイ hui)とは、いずれも子音を同じくする二字、すなわちいわゆる双声の二字であって、一種の語呂をあわせた言葉である。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 だそうですよ。

(追記終わり)