蜀犬 日に吠ゆ

2009-05-21

[][][][]里仁第四を読む(その9) 22:17 はてなブックマーク - 里仁第四を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

吾が道は一以て之を貫く

 里仁第四(67~92)

81 子曰。参乎。吾道一以貫之。曾子曰。唯。子出。門人問曰。何謂也。曾子曰。夫子之道。忠恕而已矣。

(訓)子曰く、参(しん)や、吾が道は一以て之を貫く。曾子曰く、唯(い)。子出(い)づ。門人、問うて曰く、何の謂いぞや。曾子曰く、夫子の道は忠恕のみ。

(新)孔子曰く、参よ、私の道はただ一筋の道だ。曾子曰く、わかりました。孔子が去ったあと、門人が曾子に尋ねた。どういう意味だったのでしょうか。曾子曰く、孔先生の道は真心の一本道なのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 『路傍の石』の主人公である五助こと吾一は、先生から吾一という名の立派さを褒めてもらうわけですが、その典拠はここではないかと思ったりした時期もありました。つまり「道」字が省略された形なのではないかと。


 閑話休題。

忠恕は前の礼譲と同じように連文であり、二字をもって一つの意味を表わす。普通にこれを忠と恕の二者と解するが、それでは一以貫之、という言葉と矛盾する。忠の中の恕的な部分、恕、おもいやりの中の忠的な部分、すなわち両語を重ねあわせたとき、共通する部分が忠恕である。もちろん幾何学の作図のようにはいかぬので、訳字は一方にかたよるが、此処では真心と訳した。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 金谷訳も「先生の道は忠恕のまごころだけです」としているので、普通の解釈でしょう。

 宇野訳はすこしドラマチックに解釈します。

 孔子は曾子が平生一事一物の上においてはその道理を尽くしているけれども、まだその本が一つであることを知らないのを見て、これを悟らせようとしたのであり、曾子は己は覚ったけれども、これを直ちに語ることができないから忠恕を借りて来て、他の門人たちに分かり易いように説明したのであると思われる。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 なんとなく話が大きくなってきましたよ。孔子と曾子のやりとりが、まるで禅門の「拈華微笑」のようです。


無門関 (岩波文庫)

無門関 (岩波文庫)

六 世尊、花を拈(ねん)ず

 世尊、昔、霊山会上に在って花を拈じて衆(しゅ)に示す。是の時、衆皆な黙然たり。惟だ迦葉(かしょう)尊者のみ破顔微笑(はがんみしょう)す。世尊云く、「吾に正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)、涅槃妙心(ねはんみょうしん)、実相無相(じっそうむそう)、微妙(みみょう)の法門あり。不立文字(ふりゅうもんじ)、教下別伝(きょうげべつでん)、摩訶迦葉に付嘱す」。

西村恵信訳注『無門関』岩波文庫

一 この話(わ)は中国の偽経である『大梵天王問仏決疑経』拈華品第二に見える。

西村恵信訳注『無門関』岩波文庫

 釈迦牟尼世尊が、昔、霊鷲山で説法された時、一本の花を持ち上げ、聴衆の前に示された。すると、大衆は皆黙っているだけであったが、唯迦葉尊者だけは顔を崩してにっこりと微笑んだ。そこで世尊は言われた、「私には深く秘められた正しい真理を見る眼、説くに説くことのできぬ覚りの心、そのすがたが無相であるゆえに、肉眼では見ることのできないような不可思議な真実在というものがある。それを言葉や文字にせず、教えとしてではなく、別の伝え方で摩訶迦葉にゆだねよう」。

西村恵信訳注『無門関』岩波文庫

 世尊が説法を終えてから、人びとは迦葉を取り巻いてその教えを聞いたことでしょうけれども、「禅」の教えが開かれるまでには、なお千年の時間と達磨さんの誕生を待たねばならないのでした。


 孔子の教えを、曾子は言外の意で覚りますが、それを仲間に聞かれてつい「忠恕」などと、分かり易い言葉をつかってしまった、のでしょうか。