蜀犬 日に吠ゆ

2009-06-03

[][][][]公冶長第五を読む(その3) 20:55 はてなブックマーク - 公冶長第五を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

賜や何如

 公冶長第五(93~119)

95 子貢問曰。賜也何如。子曰。女器也。曰。何器也。曰。瑚璉也。

(訓)子貢、問いて曰く、賜や何如。子曰く、女(なんじ)は器なり。曰く、何の器ぞや。曰く、瑚璉なり。

(新)子貢が尋ねた。私について教えて下さい。子曰く、お前は役に立つ男だな。曰く、どんな役に立ちましょうか。曰く、大切なまつりごとには欠かせぬ人間だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 当然といいますか君子は器ならず為政第二)と関連づけて語られる事が多い有名な章句。

(2)瑚璉は、宗廟(みたまや)で用いる黍稷(しょしょく)(穀物)を盛る器で、黄金や玉で飾られ、各種の器の中で「貴重華美なる者」とされる。つまり、魯国の君主の宗廟における瑚璉であるから、君主を補佐する直近の地位を意味する。しかし、そういうことは明らさまに言えないので比喩的に道具の話で語ったのであろう。政治における最高の器量人という比喩。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 みな、これを子貢を褒めたものと解釈しています。

 朱子は「子貢は孔子が子賤は君子だと評したので、己のことを質問したから、孔子がこのように告げたのである。しからば子貢はまだ『君子は器ならず』といところに到達してはいないけれども、器の中の貴いものであろうか」といっている。

宇野哲人『論語』講談社学術文庫

 孔子は古人や同時代人の人物評をよくしたので、そういう会話の中で子貢も質問をしたのではないでしょうか。しかし、「私はどうでしょう」と訊いてしまうのが子貢の才気走ったところ、といいますか、歴史上の偉人や他の高弟たちに負けないという自尊心の高いところだったので、少したしなめたというあたりが想像されます。


仁にして佞ならず

 公冶長第五(93~119)

96 或曰。雍也仁而不佞。子曰。焉用佞。禦人以口給。屢憎於人。不知其仁。焉用佞。

(訓)或るひと曰く、雍や、仁にして佞ならず。子曰く、焉んぞ佞なるを用いん。人を禦(ふせ)ぐに口給を以てすれば、屢(しば)しば人に憎まる。其の仁なるを知らず、焉んぞ佞なるを用いん。

(新)或るひとが仲弓について言った。雍は立派な人物で、仁と言ってもいいほどですが、惜しいことに利巧さが足りない。子曰く、利巧になれとはとんでもない。。人と言い争って利巧に応対するのは、結局人に憎まれるのが落ちだ。彼が仁であるかは別問題として、利巧になれなどとはとんでもない話だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 孔子の「不知其仁」はちょっと冷たい言い方で、他の所では、「(120)雍や南面せしむべし。(雍也第六)」とか、「(123)子、仲弓を謂いて曰く、犁牛の子、騂くして且つ角あらば、用いるなからんと欲すと雖も、山川、それこれを舎かんや。(雍也第六)」などと褒めています。

 孔門十哲の一人でもあり、「(255)徳行には仲弓(先進第十一)」とありますので、孔子にしても仲弓の立派さは十分分かっていたと思いますが、それ以上に「佞」を褒め言葉に使われたことに激しく言い返す方に夢中になってしまったのでしょう。


 この条での孔子の反撥は、たいへんはげしい。いささか想像を加えよう。「史記」の「弟子列伝」に、仲弓の父は賤しいと見え、この弟子は微賤な階級の出身であったらしい。しかし孔子は、自信をもって、彼をはげましつづけ、ある時には、雍や南面せしむべし、大名にしてもよい男だ、と極端な賞賛をも与えている。あるいは毛なみがよくないために、エレガントな言葉を、毛なみのよい人物のように、流暢にしゃべることができなかったのかも知れない。そうして、そうした人物に対する孔子の特別な愛が、俗人の批評に反撥して、この条になったのかも知れない。

吉川幸次郎『論語 上』朝日選書

 わたしの想像を加えさせてもらうなら、この「或るひと」の、「佞」を徳と考える言葉遣いに頭にきた孔子が、「お前に仁の何が分かる?」と憤ったのではないかと。