蜀犬 日に吠ゆ

2009-06-23

知ってんだよぼく

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[][][][]公冶長第五を読む(その12) 21:05 はてなブックマーク - 公冶長第五を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ

何如んぞ其れ知ならんや

 公冶長第五(93~119)

109 子曰。臧文仲。居蔡山節藻梲。何如其知也。

(訓)子曰く、臧文仲(ぞうぶんちゅう)は、蔡(さい)を居(お)き、節に山(さん)し、梲(せつ)に藻(そう)す。何如んぞ其れ知ならんや。

(新)子曰く、臧文仲は(天使の真似をして)占卜用の亀甲を貯え、居宅の柱頭に山の形を彫り、梁の梲(うだつ)に藻の装飾を画いた。知者だそうだが私は信じない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 臧文仲については、吉川先生が詳しく書いておられます。読みは「ぞうぶんちゅう」「そうぶんちゅう」とかわりますが、どちらが正しいのかは知りません。

 臧文仲(そうぶんちゅう)とは、実名でいえば臧孫辰であり、孔子の故国である魯の家老であった。ただし、孔子の同時代人ではなく、春秋のごく初期、晋の文公が、覇者となったころの人物であって、当時の年代記である「春秋」には、魯の文公十年、BC六一七年、春、王の三月辛卯(かのとう)、臧孫辰卒す、と見える。孔子の生誕に先立つこと六十六年であり、この人物と孔子との距離は、ちょうど現代の老人が、松平定信を回顧するほどの距離である。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 中断。吉川先生の選書、発行は1996年ですが、底本は1978年ですから、わかりやすく74才の老人が、自分より66年前に死んだ人物を批評すれば、1978-130=1868年で、松平定信(1758―1829)が妥当な…のか? 1829に合わせるのなら、現代の老人は83歳設定ですか… 孔子って、享年74なのですけどね。(孔子略年表

 逆に2009年、74歳老人にとって66年前の政治家というのは、大久保利通(1830―1878暗殺)とか西郷隆盛(1827―1877自殺)……鍋島直正(閑叟、1814―1871)うーむ。若い人と、変死した人が多いのでむずかしいですなあ。


 閑話休題。

そうしてこの人物は、魯のくにのすぐれた人物として記憶されていたらしく、やはり魯のくにの家老の一人である叔孫豹が、「魯に先大夫有りて、臧文仲と曰う、既に歿せるも、其の言は世に立てり」、それこそ「死して不朽なる」ものであるとたたえたと、「左伝」の襄公二十四年、BC五四九、に見えるのは、その死後六十八年のことである。

 臧文仲は立派な大臣であったと。その名声は死後もつづいた、と。

 しかし孔子は、その僭越を問題として臧文仲を批判しました。


 衛霊公篇第十五

392 子曰。臧文仲。其窃位者与。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 臧文仲は給料泥棒だ、と。


 「左伝」文公二年秋八月丁卯

 仲尼(孔子)の評。臧文仲には不仁な点が三つ、不知な点が三つあった。展禽(柳下恵)を下位に置いたこと、六つの関所を設けたこと、妾(召使)に蓆(むしろ)を織らせ(販売の利益を上げようとした)こと、これが三つの不仁である。(大亀を養うなど)無用の物を設けたこと、(夏父弗忌(かほふっき)の)逆祀の主張を許容したこと、爰居という海鳥を(わけも知らずに)祀らせたこと、これが三つの不知である。

小倉芳彦訳『春秋左氏伝』上 岩波文庫

 どうもひどい悪口です。

 吉川先生は「賢人に完璧を求めたのであろうか」と解釈しますが、そんなに悠長なことでもありますまい。この文公二年夏には太廟で祭祀があり、夏父弗忌は僖公を本来よりも上座に上げました。君子はこれを逆祀であると非難しますが、そのとき、臧文仲がそれを容認したことに、臧文仲が礼を知らないのではないかという疑問をいだいたのではないでしょうか。

 本章も「何如んぞ其れ知ならんや」、知者であろうとは信じられない、と解釈するなら、その功績は認めつつも、そのふるまいや行いが礼に基づくものでなかった、礼を知らなかったということで批判したのでしょう。


 本章が「春秋」編纂作業の中で出てきたものだとすれば、左伝の言葉ともうまく合わせることができます。左伝の経文(春秋本文)はこうなっているからです。

 八月丁卯、太廟ニ大事アリ、僖公ヲ躋(のぼ)ス

小倉芳彦訳『春秋左氏伝』上 岩波文庫

 だいたい春秋の本文はそっけないものですが、このくだりは、「大事アリ」ですから孔子がこれを問題視したことは分かります。普段から孔子は臧文仲の悪口をいっていたのでしょうが、周りの人は本気にしてくれなかった。春秋の編纂がここまできたとき、得たりや長広舌をふるって臧文仲の悪口をいう、そんな孔子の小規模な生活。