蜀犬 日に吠ゆ

2009-06-29

[][][][]公冶長第五を読む(その15) 21:25 はてなブックマーク - 公冶長第五を読む(その15) - 蜀犬 日に吠ゆ

これを裁する所以を知らず

 公冶長第五(93~119)

113 子在陳曰。帰与帰与。吾党之小子狂簡*1。斐然成章。不知所以裁之。

(訓)子、陳に在りて曰く、帰らんかな、帰らんかな。吾が党の小子、狂簡(きょうかん)にして、斐然として章を成すも、これを裁する所以(ゆえん)を知らず。

(新)孔子が旅先きの陳で言った。帰ろうかな、帰るとしよう。魯国に残してきた若者たちは理想にもえてやる気十分。美事な絹を織りあげながら、裁(た)ち方を知らずにいるらしい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 孔子略年表によれば、ストレートには帰れず、陳のあと蔡・楚・衛と渡り歩いてから帰国できたのですけれどもね。56~69歳を外遊ですごした孔子。魯に帰国したときは69歳ですよ。古代中国で、これだけ生きれば化け物に近いのではないでしょうか。そりゃみんな言うこと聞きますよね。

 孔子が野心をすてて教育に身をささげると決めたのは、「五十にして天命を知る」よりもあとであるのがちょっと気になりますが、もしかすると、五十は五十代をあらわしているのかも知れませんね。十有五に引きずられてキリのいい年齢で解釈しなくてもいいのかもしれません。


伯夷叔斉

 公冶長第五(93~119)

114 子曰。伯夷叔斉。不念旧悪。怨是用希。

(訓)子曰く、伯夷、叔斉は、旧悪を念(おも)わず。怨み、是をもって希(まれ)なり。

(新)子曰く、伯夷、叔斉は古い悪因縁を忘れようとつとめた。だから怨む心を起さずにすんだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 伯夷叔斉の兄弟は潔癖の代表のような人物で、自分が清くあるためには国など、民など顧みない、まるでガウタマ=シッダールタのような人ですが、仏陀がブラフマンに説得されて人間界に戻りダルマを説いたのとはちがい、結局首陽山で餓死したのですよね。己の正義を貫いたのだから、ある意味羨ましい人生ではあります。

 夫子は兄弟を、旧悪を思わなかったと評価しますが、史記にそんな記述ありましたっけ? 旧悪を問わないのであれば、武王の治世をもっと評価してもよかったのではないでしょうか。

*1:母里註。「簡」はもんがまえの中が月