蜀犬 日に吠ゆ

2009-07-15

鉄騎隊

[][][][]雍也第六を読む(その3) 20:50 はてなブックマーク - 雍也第六を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

君子は急を周うて富めるに継がず

 雍也第六(120~147)

122 子華使於斉。冉子為其母請粟。子曰。与之釜。請益。曰。与之廋。冉子与之粟五秉。子曰。赤之適斉也。乗肥馬。衣軽裘。吾聞之也。君子周急不継富。原思為之宰。与之粟九百。辞。子曰。毋以与爾隣里郷党乎。

(訓)子華、斉に使いす。冉子、其の母の為に粟(ぞく)を請う。子曰く、これに釜(ふ)を与えよ。益さんことを請う。曰く、これに廋(ゆ)を与えよ。冉子、これに粟五秉(へい)を与う。子曰く、赤の斉に適(ゆ)くや、肥馬に乗じ、軽裘(けいきゅう)を衣(き)る。吾はこれを聞く。君子は急を周(すく)うて富めるに継がずう、と。原思、これが宰たり。これに粟九百を与う。辞す。子曰く、以て爾が隣里郷党に与うる毋(な)からんや。

(新)子華=赤が斉の国へ使いに出された。冉子がその母に留守宅手当を下されたいと願った。子曰く、十日分の食糧、一釜(ふ)を与えるがよい。冉子がもう少し多くをと願った。子曰く、二倍の一廋(ゆ)を与えるがよい。冉子はそれでも少なすぎると思って独断で、さらに五十倍に当る五秉(へい)を与えた。孔子がそれを聞いて言った。私の予想どおり、赤が斉へ行った時は、肥えた馬四頭に車をひかせ、ふわふわした毛の外套を着て行ったそうではないか。上に立つ者としては困窮者を支援するにつとめ、金持ちに追い銭を与えるな、ということを私は常々教わっている。また原憲が孔子の会計係になった時、手当として穀物九百(石?)を与えることにした。多すぎると辞退すると、子曰く、余ったならお前の隣り近所、町内の知りあいに与えたらどんなものかね。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 釜、廋、秉に関しては各書バラバラですが、孔子としては、粟を与える必要はないが頼まれたので形式的に応対したところ、冉有が本当に食べる分を用意した、という話。公西華の倉にはすでに必要な分量の食糧があったろうに、と。(後述)


 原憲のは別の話ですが、こちらは余分な給料を辞退した話。郷里に配るは極端ですが、九百(石?)は定められた額なのですから、私設秘書でも雇ったらいいんですよ。官僚の会計年度つかいきりのような話ですけれども、そういうのがあってもいいという話。


 一応、容積に関して各書の説をあげておきます。敬称・書名略。

 宮崎市定金谷治加地伸行宇野哲人吉川幸次郎
 わが国の約一升(約一・九リットル)現在の約二リットル 
石(斛)  十斗 
十日分の食糧六斗四升六斗四升八斗四升五升七合五勺弱
釜の二倍十六斗十六斗一石六斗一斗四升三合七勺強
廋の十倍(二十釜)一六斛(二五釜、廋の十倍)十六斛十六石五秉で七石一斗八升五合九勺強(百二十五釜乃至は五十釜)

(吉川先生の計算は荻生徂徠のもの。一秉がどのくらいなのかは計算できません。)