蜀犬 日に吠ゆ

2009-07-29

[][][][]雍也第六を読む(その16) 23:51 はてなブックマーク - 雍也第六を読む(その16) - 蜀犬 日に吠ゆ

知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ

 雍也第六(120~147)

140 子曰。知者楽水。仁者楽山。知者動。仁者静。知者楽。仁者寿。

(訓)子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむとあり。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのち)ながし。

(新)子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ、という諺は全くその通りだ。知者は運動が好きで、仁者は安静が好きなのだ。知者は目前を楽しく暮す方法を知り、仁者は長寿の秘訣を知っている。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 普通は「知者・仁者」の対比三例と解するのでしょうけれども、宮崎先生は一句目を諺、二句目をその解説、三句目を夫子の意見というふうに論理的展開に解釈します。これは吉川先生によれば、徂徠による解釈らしい。


 この条は単純でありかつ意味深な、いわゆるたとえ話ですので、わたしも自由に解釈してみます。


知者楽水。仁者楽山。

 これが、その回の夫子の授業のテーマ。古語に基づくかどうかは判然としないのですが、この語が弟子に示され、おのおの解釈を求められたことでしょう。高弟たちがどう答えたか妄想するのも楽しいと思いますが、まあ今回はよしておきます。


知者動。仁者静。

 知者は水を楽しむ、とは、知者は動、すなわち世の中が変化するのにあわせてともに変化することができるのが知者であるということでしょう。悪く言えば曲学阿世ですけれど、現代という状況をきちんと認識してその本質を見抜くというのはだれにでもできることでありません。現代思想か哲学か、という分類で言えば前者は、知者なのでしょうね。

 仁者は山を好む、というのは逆に、時代を通じて動かないもの、変わらないものを大切にする態度のことであると思います。こちらも悪口では頑迷固陋とか因循姑息とかいろいろ言われますけれども、しかしものごとを大局的に見ることのできる仁者が、結局今という時代を相対化して冷静に見ることができるのではないでしょうか。


知者楽。仁者寿。

 知者は楽しむ、というのは享楽的なことではなくて、その場その場の難局をすいすい切りぬけることができる、つまり楽に生きることができるということであると思います。能力が高ければ未来にむかって楽観的になることができる、と。

 仁者は寿、というのは仁者は長期的視野をもって生きるので、長生きしても後悔が少ない、ということではないかと。無駄に長生きする人間は、年を取れば取るほど心配事が増えていくものですが仁者はそうではなくて生きれば生きるほど徳を積み重ねていく、ということなのではないでしょうか。