蜀犬 日に吠ゆ

2009-09-10

かってに改蔵

[][]世間は狭い、ハーヴァード~~カート・ヴォネガット『ジェイルバード』ハヤカワ文庫 21:07 はてなブックマーク - 世間は狭い、ハーヴァード~~カート・ヴォネガット『ジェイルバード』ハヤカワ文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 順番を気にしないことにしたので今度はこの作品。

 主人公ウォルターが刑期を終えて出所し、勾留され、また刑務所に入るまでの話。

ジェイルバード (ハヤカワ文庫 SF (630))

ジェイルバード (ハヤカワ文庫 SF (630))

 ヴォネガットの上手なところは、おかしな状況設定へ読者を引っ張り込む導入部分にいかんなく発揮されています。ヴォネガット自身の思い出話から、おそらく創作になる「カイヤホーガの虐殺」という事件を紹介することで、絶望にみちた社会を目の辺りにさせ、主人公ウォルターの異様な出自につなげ、扉「JAILBIERD」をどーんと出す、という寸法です。

 わたしはカイヤホーガの虐殺のことを思った。これはアメリカ労働史上で最も血なまぐさい、罷業者と雇用主との衝突事件である。その事件は、千八百九十四年のクリスマスの朝、カイヤホーガ橋梁鉄工所の正門前で起こった。わたしが生まれるずっと前のことだ。それが起こったとき、わたしの両親はまだ帝政ロシアに住む子供だった。しかし、わたしをハーヴァードにやってくれた男、アレグザンダー・ハミルトン・マッコーンは、工場の時計台の上から、彼の父親と兄のジョンといっしょに、それをながめていた。そのときから、彼は軽いどもりではなくなり、べつになんの不安のないときでも、まるでろれつの回らない言語障害者になったのだった。

 ついでながら、カイヤホーガ橋梁鉄工所は、労働史上を別にして、ずいぶん前からその名を消している。第二次大戦後まもなくヤングタウン製鋼に吸収され、そのヤングタウン製鋼も、いまではRAMJACコーポレーションの一部にすぎない。

 ピース

カート・ヴォネガット『ジェイルバード』ハヤカワ文庫

 ウォルターはもと共産党員。

 アメリカでも、昔は共産主義者がかなり容認されていた時期があった。わたしが共産主義者であることが、ハーヴァードを出たあと、オクスフォード大学のローズ奨学金をかちとる妨げにもならず、さらにそのあと、ローズヴェルト時代の農務省に就職することさえできたのだから。つきつめたところ、とくに大不況がつづき、自然資源と市場をめぐる新しい戦争が起きようとしているときに、青年たちがこんな信念を持ったとしても、どこがいったいおぞましいといえるのか? だれもが能力に応じて働くことができ、そして病人も健康な者も、若者も老人も、大胆な者もおびえた者も、才能のある者もない者も、それぞれの必要に応じて報酬が与えられるような世の中になるべきだ。もしわたしが、こんなことを考えたとしても、だれがわたしを病んだ心の持ち主呼ばわりできるのか? 二度と戦争の必要はない。それには、全世界の人民がこの惑星の富を支配し、自国の軍隊を解体し、国境を忘れさえすればいいのだ。そして、それから先いつまでも自分たちを、全世界の人民の兄弟姉妹であり、父母であり、子供であると、考えつづけさえすればいいのだ。そうした仲のよく慈悲深い社会からはみ出すのは、いつにかぎらず、自分が必要とする以上の富をひとり占めする人間だけだろう。

カート・ヴォネガット『ジェイルバード』ハヤカワ文庫

 スラップスティックでは、主人公は親切を基盤とした社会をつくろうとして文明そのものを破壊してしまいます。この『ジェイルバード』では、主人公は、つねに状況に流されるかたちで罪を犯し、社会をめちゃくちゃにしてゆきます。


 妻のルースはナチス占領を生きぬいたウィーン生まれのユダヤ人。人を、希望を信じない。少し荒木節?

 「それじゃ」と、ルースは鐘の音が薄れるのを待っていった。「あなたがた八つの子供たちがこのニュルンベルクで悪を殺すときは、必ず十字路に埋めて、心臓に杭を打ちこんでちょうだい――でないと、つぎの満月の晩に、きっとまた生き返ってくるわよォォォォォォォォォォ」

カート・ヴォネガット『ジェイルバード』ハヤカワ文庫

 ウォーターゲートに荷担したウォルターは刑務所行きになる。たくさんの犯罪者と、もと犯罪者に会う。

「アメリカで、わしは二度も百万長者になった。いずれまた、百万長者になれるだろう」

「それはたしかですね」わたしは事実そう思っていた。出所すれば、彼はまた性こりもなく、三度目のポンツィ式詐欺にとりかかるだろう――これは前と同様、莫大な利益をエサにして、まぬけなカモに投資をすすめる方法である。前と同様に、彼は集めた金の大部分を着服して、邸宅やロールスロイスや高速モーターボートやなにかを買いこむが、一部分は約束どおりに高率の利子として払いもどすだろう。この利子の小切手を受け取って笑いのとまらない連中の口コミで、もっともっと大ぜいの人びとが寄り集まってくる。彼はその人たちの金を使い、また利子の小切手を何枚も書く――以下このくり返し。

カート・ヴォネガット『ジェイルバード』ハヤカワ文庫

 経済学の初歩しか理解できないわたしだが、いまではこう考えたい気持になっている。うまくいっている政府というのは、どれも必然的にポンツィ式詐欺ではなかろうか。とうてい返せるあてもないのに、莫大なローンをするのだから。それ以外の説明で、外国語の達者なわたしの孫たちに、どうして千九百三十年代の合衆国の状況を納得させることができるだろう。あの頃の経営者や政治家は、自分の下にいる大ぜいの人びとに、食糧や衣料や燃料のような基本必需品を手に入れるだけの収入をさえ、与える方法を知らなかった。一足の靴を買うのが地獄だった!

 それから、とつぜん、前には貧乏だった人びとが、りゅうとした身なりで将校クラブに入り、フィレミニョンやシャンパンを注文するようになった。前には貧乏だった人びとが、小ざっぱりした身なりで下士官クラブに入り、ハンバーガーやビールを注文するようになった。二年前には靴の底にあいた穴をボール紙でつくろっていた男が、とつぜんジープやトラックや飛行機や船と、無尽蔵の燃料や弾薬を持つことになった。そして、もし必要ならメガネや義歯を与えられ、ありとあらゆる伝染病の予防注射を受けることになった。その男がこの惑星のどこにいても、感謝祭やクリスマスには七面鳥のローストとクランベリー・ソースを手に入れられるような、そんな方法が見つかった。

 なにが起こったのだろう?

 これがポンツィ式詐欺でなくてなんだろう?

カート・ヴォネガット『ジェイルバード』ハヤカワ文庫

 そして出所したウォルターは、RAMJACKコーポレーションと関わりを持ち、破綻の引き金を引いてしまいます。

 アメリカは今までのつけを払わされ、その責任を問われたウォルターは再び投獄されますが、気にしません。彼の行動はシンプルな原理にもとづいているからです。その原理は、山上の垂訓