蜀犬 日に吠ゆ

2009-09-12

[][][][]泰伯第八を読む(その1) 20:38 はてなブックマーク - 泰伯第八を読む(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

泰伯は其れ至徳

 泰伯第八(185~205)

185 子曰。泰伯其可謂至徳也已矣。三以天下譲。民無得而称焉。

(訓)子曰く、泰伯は其れ至徳と謂うべきのみ。三たび天下を以て譲り、民、得て称するなし。

(新)子曰く、周の泰伯は最高の徳を身につけた方というべきだ。三たび天下を弟の季歴(きれき)に譲ったのだが、その譲りかたが如何にも自然に見えたので、人民はついその徳を頌(たた)えることを知らないでしまった。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

周王朝の祖先が、まだ殷王朝治下の、西方の一諸侯として、陝西省西部にいたころ、まず頭角をあらわした君主は、大王であり、三人の子があった。長男がここの話題の泰伯、次男が仲雍(ちゅうよう)、末子が季歴であり、季歴の子が、のちに周王朝の創業を決定した英雄、文王である。

 祖父の大王は、孫の文王の才能をはやくから見ぬき、これに王位を伝えようとした。そのためにはまず、季歴をあととりとしなければならぬが、父の意向を察した泰伯と仲雍は、南方の未開地域である呉のくに、すなわちいまの蘇州附近に亡命し、かつ断髪文身、ざんぎり髪のいれずみという、南方の蛮人と同じ風俗に身をやつして、父の継承者たることを拒否し、王位がうまく季歴を経由して、文王に伝わるようにした、というのである。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 それは、たしかにおおっぴらには賞めにくいですねえ。「如何にも自然」かはわかりませんが。