蜀犬 日に吠ゆ

2009-09-14

[][][][]泰伯第八を読む(その2) 20:56 はてなブックマーク - 泰伯第八を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

恭にして礼なければ

 泰伯第八(185~205)

186 子曰。恭而無礼則労。慎而無礼則葸。勇而無礼則乱。直而無礼則絞。君子篤於親。則民興於仁。故旧不遺。則民不偸。

(訓)子曰く、恭にして礼なければ労す。慎んで礼なければ葸(おそ)る。勇にして礼なければ乱る。直にして礼なければ絞(せま)し。君子、親に篤くすれば、民、仁に興る。故旧遺(わす)れざれば、民、偸(うす)からず。

(新)子曰く、敬う心があっても礼の約束を知らなければ無駄骨折りに陥る。謹直者が礼を知らなければいじけてしまう。勇気があって礼を知らなければはた迷惑を惹きおこす。正直者が礼を知らなければ刻薄になる。上に立つ者が親族に人情厚くして見せれば、一般の人民までが仁の道に志すようになり、昔からの交際を忘れずに続けるようだと、民間の人気も自然よくなるものだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 前半の「無礼」は、博く文を学び、これを約するに礼を以てすと同じで、人間というのはもともとよい素質をもっていますが、それをそのまま発揮しようとすると、恭、慎、勇、直、のままではなんの役にも立たないどころか悪い結果をさえ生んでしまう。したがって礼があり、礼儀作法だなんだというと窮屈な感じもしますが、礼儀を正しく守ることが、素直な気持ちを相手に届ける一番の方策なのだという事になりましょう。

 同じ意味で、ろくでなしが礼儀だけ正しても無駄だというのもありましたね。礼は後なども、まごころのない礼ではいけないという話でした。


 後半は之を斉うるに礼を以てす、ですとか、北辰の話のように、民衆を教化するためには、まずみずからをたださねばならないということになります。