蜀犬 日に吠ゆ

2009-09-18

[][][][]泰伯第八を読む(その6) 20:22 はてなブックマーク - 泰伯第八を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

民は之に由らしむべく

 泰伯第八(185~205)

193 子曰。民可使由之。不可使知之。

(訓)子曰く、民は之に由らしむべく、之を知らしむべからず。

(新)子曰く、大衆からは、その政治に対する信頼を贏(か)ちえることはできるが、そのひとりひとりに政治の内容を知ってもらうことはむつかしい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 その通りでしょうね。民主主義となった今でも、民がそれを知ろうとするかはまた別な話ですし、知ろうとしない人に知らせることなんてどだい無理な話ですから。


勇を疾むは乱

 泰伯第八(185~205)

194 子曰。好勇疾貧。乱也。人而不仁。疾之已甚。乱也。

(訓)子曰く、勇を好み貧を疾(にく)むは乱す。人にして不仁なる、これを疾(にく)むこと甚だしきは乱す。

(新)子曰く、負けず嫌いの人が貧乏に耐えられなくなるとやけになる。他人がいかに不人情だからと言って、憎しみをあまり昂じさせると、暴力沙汰をひきおこす。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 私の完全なる独断解釈ですが、「疾」を気に病む、「乱」を気が狂う、とすると現代風の解釈になるのではないでしょうか。現代の政治適切表現(PC)では気が狂った人は存在しませんが、そこはまあ我慢してもらって。

 腕力に自信があって自分を他者と比較してこんなに恵まれていないと感じている人は社会でやっていけない。他人からの親切を当然のことと期待して、それが得られないと憤然とする人は社会でやっていけない。


 ですから、勇気は他人を助けるために使うべきで、人の親切を期待するよりも自分がもっと人のためになれないかに気を配る人間が、君子であることがさかさまに述べられているのでしょうね。