蜀犬 日に吠ゆ

2009-09-26

[][][][]泰伯第八を読む(その13) 19:50 はてなブックマーク - 泰伯第八を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ

禹は吾れ間然するなし

 泰伯第八(185~205)

205 子曰。禹吾無間然矣。菲飲食。而致孝乎鬼神。悪衣服。而致美乎黻冕。卑宮室。而尽力乎溝洫。禹吾無間然矣。

(訓)子曰く、禹は吾れ間然するなし。飲食を菲(うす)くして、孝を鬼神に致し、衣服を悪(あし)くして、美を黻冕(ふつべん)に致す。宮室を卑(ひく)くして、力を溝洫(こうきょく)に尽す。禹は吾れ間然するなし。

(新)子曰く、夏の禹には文句のつけようがない。自分の食事は粗末にして、先祖の祭は盛大にした。平壌の衣服には見栄をはらぬが、朝廷における百官の礼服を美しくするために金をかけた。自分の宮室はみすぼらしいが、用水路の工事には労力を惜しまなかった。こういう禹王には文句のつけようがない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 202から205までは、堯、舜、禹から周までの政治に対する説明、ないしは頌辞であるが、内藤湖南博士の古代史研究によれば、孔子が果たして堯舜禹をその歴史観のなかに採用したか否かは疑問であるとされる。禹は孔子の後に出た墨子によって理想的人物とされ、堯舜は更に後に出た孟子によって更に有徳な帝王として尊崇された。して見ると以上四章のうち、周の記事を除いた外の部分は、果して孔子の言であったかどうか疑わしくなる。事によれば、書経の中の堯典が成立した頃に、同様の趣旨で、論語の中にこれらの章が竄入されたのではないかという気がする。

 特に禹に対する評価が、堯舜に対するとは異った言葉で表現されている点が注意さるべきである。すなわちそれは、間然する所なし、であって、手放しの賛美ではなく、消極的な許容の如き言葉が用いられているのである。当時はなお墨家の勢力が盛んであり、儒家がこれを自家薬籠中に収めるのには、なお抵抗感があったのではあるまいか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 否定されてしまいました。



 さはさりながら、以上で、学問を志す者が尊ぶ『論語』上論、孔子および曾子の言葉を記した「泰伯」という第八章は終わる。