蜀犬 日に吠ゆ

2009-09-27

テリーマンの説は

[][][][]子罕第九を読む(その1) 20:20 はてなブックマーク - 子罕第九を読む(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

子、罕に利を言う

 子罕第九(206~235)

206 子罕言利。与命。与仁。

(訓)子、罕(まれ)に利を言う。命と与にし、仁と与にす。

(新)孔子が利益を話題にすることは極めて稀であった。その時でも、必ず天命に関連し、または仁の道に関連する場合にかぎられた。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 命と共に利を言うとは、如何に利を求めようとしても天命の如何によっては必ずしも成功しないから、それに執着してはならぬこと、人と共に言うとは、人道に背いてまで利を求めるのは許されないこと、などであろう。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 吉川先生によれば、古注・新注ともに「利と命と人の話はほとんどされなかった」という解釈であるそうです。論語には、いくつか登場しますが、それは数少ない言葉がいずれも重要であったからでしょう。宮崎先生の解釈は徂徠などによって主張されたものであるようです。


 しかし母里の解釈はまた違います。(「この母里の説はどちらでもない」ってほど独創的ではありませんが。)本文は宮崎先生と同じように読みますが、そのこころは、「利と命を共に言うときそれは社会全体の利をいうのであり、利と仁を共に言うときそれは他者の利をいうのである」。大乗仏教がかっていますが、利他の話を、孔子もしたのではないでしょうか。