蜀犬 日に吠ゆ

2009-10-01

[][]エリス・ピーターズ『聖女の遺骨求む』現代教養文庫 20:58 はてなブックマーク - エリス・ピーターズ『聖女の遺骨求む』現代教養文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 本屋さんに行ったら光文社文庫の第1巻が置いてあったので買おうかどうしようか悩んだのですが、どっかで見た事あるなあ、と、いわゆる「病楠公文庫」を探ったら1巻発見。社会思想社ミステリボックス版。

 12世紀イングランド西部のシュルーズベリ修道院、修道士カドフェルが難事件を解決!

 正直いつまでたっても死体が出てこないのでこれは「死なない系」か? とか思っていたのですが、グウィセリンの地主リシャートが行方不明になり、死体で発見されたので一安心(不謹慎)。

 カトリック系修道院なのでcononical hours がよく出てきます。ので、メモ。

cononical hours

pl

1〔キ教〕聖務日課の(七〔八〕)定時課、(定)時課、時禱《一日7(8)回の祈禱時:MATINS(with lauds)朝課(賛課を含む)、prime 一時課、t(i)erce 三時課、sect 六時課、nones 九時課、VESPERS 晩課、compline 終課》

『リーダーズ英和』研究者

 シュルーズベリ修道院は奇跡を起こす聖者の遺骨を所有していなかったので、ウェールズ王国グウィセリンの聖女ウィニフラッドの遺骨あたりが適当であろうともらい受けに行きます。

 修道院から派遣された6人は3ペア。

  1. 副院長ロバートと腰巾着ジェローム
  2. もと十字軍騎士で海千山千のカドフェルと世間知らずの見習い修道士ジョン
  3. 幻視の発作を起こすコロンバヌスと特徴のないリチャード

 グウィセリンで待ち受けるのは、

  1. 地主リシャート
    • 娘シオネッドと、「よそ者」の牛飼いエンゲラード
      • シオネッドの幼なじみペレヴィア
      • 侍女アネスト
  2. 村の司祭セウ
  3. 村の鍛冶屋ベネッド
    • 飲み友達カイ

目次や章題はなく、セクション数のみ。

  • 1 (p7-39)
    • 昏倒したコロンバスのもとに聖ウィニフレッドがあらわれたとジェロームが申告。遺骨回収が決定される。
    • ウェールズ出身のカドフェルは代表団に選出される。カドフェルはジョンを推薦する。
  • 2 (p40-63)
    • 国境を越えてウェールズへ。聖ウィニフレッドの眠るグウィセリンへ。
    • バンガーで司教デーヴィッド、アバーで摂政オエインの許可と牧師イーリエンの案内を得る。
    • グウィセリンの教会でファーザー・ヒウの知己を得る。
    • ヒウと村人たちは遺骨の移動に非協力的。
    • カドフェルはイングランド語を話す娘と、密会する牛飼いとを見る。
  • 3 (p64-92)
    • カドフェルとジョンは鍛冶屋ベネッドの知己を得る。
    • ロバートは村の有力者リシャートを買収しようとして失敗し、遺骨の移動は絶望的。
  • 4 (p93-115)
    • リシャートが森の中で死ぬ。
  • 5 (p116-147)
    • 疑われた牛飼いエンゲラートは逃亡。
    • リシャートの葬儀を準備する。カドワロンの息子ペレドゥアは姿を消す。
  • 6 (p148-179)
    • 代表団は聖ウィニフレッドの遺骨を掘りだす。
  • 7 (p180-206)
    • カドフェルとコロンバヌスは礼拝堂のなか、徹夜で祈りつづける。
  • 8 (p207-230)
    • ペレドゥアが矢の細工を自白する。
  • 9 (p231-259)
    • リシャートが埋葬される。
  • 10 (p260-285)
  • 11 (p286-312)



[][][][]子罕第九を読む(その5) 20:30 はてなブックマーク - 子罕第九を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

子、匡に畏す

 子罕第九(206~235)

210 子畏於匡。曰。文王既没。文不在茲乎。天之将喪斯文也。後死者。不得与於斯文也。天之未喪斯文也。匡人其如予何。

(訓)子、匡に畏(い)す。曰く、文王、既に没し、文、茲にあらずや。天の将に斯文(しぶん)を喪(ほろ)ぼさんとするや、後死の者、斯文に与(あず)かるを得ざらしめん。天の未だ斯文を喪ぼさざるや、匡人、其れ予を如何せん。

(新)孔子が匡という地で災難にあった。その時曰く、周の文王が死んでから以後、文化の伝統は私の身にあるではないか。天がその文化を滅亡させる気ならば、恐らく私をここで亡ぼして、後輩が文化の何ものであるかを知らぬようにしてしまうだろう。しかしもしも天がこの文化を保存する気があるならば、匡の人たちが私に危害を加えようとしても、何ができるものか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 孔子は平常には謙遜で滅多に豪語したりすることはないが、生命の危険に曝されたこの時に、思わず発した本音がこれであったのだろう。なお169に、非常によく似た文句が出ているが、恐らく同一事が誤って二つの場所の事として伝えられたものであろう。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 169とはおなじみ桓魋の難

 匡の畏は、陽虎がらみ。

古注に引く包咸は説く。すなわち、かつて陽虎という魯の大将が、侵略軍をひきいて、匡の土地にはいり、乱暴をはたらいた。ところが孔子の容貌が、偶然にも陽虎と似ていた上に、さきに陽虎の侵略に従軍した顔剋という弟子が、このときの孔子の馬車の馭者として、匡の地に着いた。そのため土地の人びとは、またもや陽虎がやって来たと誤認し、兵器をもって孔子をとりかこんだ、というのである。つまりとんでもない誤解のためであったけれども、孔子は生命の危険にさらされたわけである。そのときに吐かれたのが、この言葉である。なお陽虎は、のちの陽貨第十七の篇名となった陽貨と、同一人である。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 この時の顔回の様子は、先進第十一

子、匡に畏る。顔回後(おく)れたり。

金谷治『論語』岩波文庫

 でも有名なように、遅刻。