蜀犬 日に吠ゆ

2009-10-01

[][][][]子罕第九を読む(その5) 20:30 はてなブックマーク - 子罕第九を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

子、匡に畏す

 子罕第九(206~235)

210 子畏於匡。曰。文王既没。文不在茲乎。天之将喪斯文也。後死者。不得与於斯文也。天之未喪斯文也。匡人其如予何。

(訓)子、匡に畏(い)す。曰く、文王、既に没し、文、茲にあらずや。天の将に斯文(しぶん)を喪(ほろ)ぼさんとするや、後死の者、斯文に与(あず)かるを得ざらしめん。天の未だ斯文を喪ぼさざるや、匡人、其れ予を如何せん。

(新)孔子が匡という地で災難にあった。その時曰く、周の文王が死んでから以後、文化の伝統は私の身にあるではないか。天がその文化を滅亡させる気ならば、恐らく私をここで亡ぼして、後輩が文化の何ものであるかを知らぬようにしてしまうだろう。しかしもしも天がこの文化を保存する気があるならば、匡の人たちが私に危害を加えようとしても、何ができるものか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 孔子は平常には謙遜で滅多に豪語したりすることはないが、生命の危険に曝されたこの時に、思わず発した本音がこれであったのだろう。なお169に、非常によく似た文句が出ているが、恐らく同一事が誤って二つの場所の事として伝えられたものであろう。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 169とはおなじみ桓魋の難

 匡の畏は、陽虎がらみ。

古注に引く包咸は説く。すなわち、かつて陽虎という魯の大将が、侵略軍をひきいて、匡の土地にはいり、乱暴をはたらいた。ところが孔子の容貌が、偶然にも陽虎と似ていた上に、さきに陽虎の侵略に従軍した顔剋という弟子が、このときの孔子の馬車の馭者として、匡の地に着いた。そのため土地の人びとは、またもや陽虎がやって来たと誤認し、兵器をもって孔子をとりかこんだ、というのである。つまりとんでもない誤解のためであったけれども、孔子は生命の危険にさらされたわけである。そのときに吐かれたのが、この言葉である。なお陽虎は、のちの陽貨第十七の篇名となった陽貨と、同一人である。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 この時の顔回の様子は、先進第十一

子、匡に畏る。顔回後(おく)れたり。

金谷治『論語』岩波文庫

 でも有名なように、遅刻。