蜀犬 日に吠ゆ

2009-10-02

[][][][]子罕第九を読む(その6) 23:58 はてなブックマーク - 子罕第九を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

吾れ少くして賤し

 子罕第九(206~235)

211 太宰問於子貢曰。夫子聖者与。何其多能也。子貢曰。固天縦之将聖。又多能也。子聞之曰。太宰知我乎。吾少也賤。故多能鄙事。君子多乎哉。不多也。牢曰。子云。吾不試故芸。

(訓)太宰(たいさい)、子貢に問うて曰く、夫子は聖者なるか。何ぞ其れ多能なるや、と。子貢曰く、固(もと)より天、これを縦(ゆる)して聖を将(おこな)わしめ、又た能多からしむるなり。子、これを聞きて曰く、太宰は我を知るか。吾れ少(わか)くして賤し。故に鄙事(ひじ)に多能なるなり。君子は多からんや。多からざるなり。牢曰く、云えることあり、吾れ試(もち)いられず。故に芸あり、と。

(新)太宰が子貢に尋ねた。孔先生は超人的な聖人とでも申しましょうか。どうしてあんなに多能なのでしょうか。子貢が答えた。たしかに天がその計らいで、孔先生に聖人の行為を行わせているのですから、そのためには当然多能でなければならぬのです。孔子がこれを聞いて言った。太宰はお知りになるまいが、私の若い時は社会の下積みになって働かされたものだ。そのため賤しい仕事なら何でもできるようになった。家柄の貴人なら、多能になれようか。見わたした所では、どうも居ないようですね。牢がある時言った。先生のお言葉に、私はいい地位を得ないでいる間にこの通りの何でも屋になった、と。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 職業に貴賎はない。