蜀犬 日に吠ゆ

2009-10-28

[]奪われた刻印(その3) 23:17 はてなブックマーク - 奪われた刻印(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

 ブラウキュラが倒せません。うまく磁力で登れなくて餌食になってしまいます。

 くやしいのでティンマンを虐殺してLv.19まで上げたのですが、それでも駄目。

悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印

悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印


[][][][]郷党第十を読む(その0) 20:56 はてなブックマーク - 郷党第十を読む(その0) - 蜀犬 日に吠ゆ

 ※この篇は、やや特殊であり、礼や生活などに関するものが大半である。興味がなければ、とばして次篇に移るのもいい。

加地伸行『論語』講談社学術文庫
郷党第十

(解説)この篇は孔子の平生の起居動作から言語衣服飲食に至るまで、詳細に記したものである。古は全体を一章としたけれども、朱子は十七節に分けた。熊勿軒(ゆうこつけん)は曰(い)う、「初めの五節は孔子が朝廷に居る時の言語容貌を記し、次の四節は孔子の衣服飲食居処を記し、その他は孔子が一郷から一国に至るまでのすべて君(きみ)に事(つか)え友に交わる道や容貌の変化や言語の微細な処までみな備(つぶさ)に記してある。」

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 例によってはじめの二字をとって、篇名とするが、その内容は、これまでの諸篇とちがい、孔子が、その公的な生活、また私的な生活において、礼の規定、すなわち当時の意識における文化生活の様式を、どのように遵奉し、どのように解釈演繹して行動したかを、記す。つまり孔子の実践の記録である。あるいは徂徠のように、全部が孔子の実践でなく、一般的な礼の規定として説いた部分が、むしろ多いとする学者もある。要するに他の篇が、抽象的な教訓の言葉を中心とするのに対し、ぐっと実際的な行動の記録ないしは規定である。善意は単に精神として存在せず、日常の実践にも、調和を得た表現を得なければならぬという、孔子の態度を示す。なおこの特殊な篇がここに位するということは、「論語」はさいしょここまでの十篇として結集されたとする説に、論拠をあたえるが、皇侃の「義疏」によれば、漢の時代の古文学派のテキスト「古論」では、学而第一の次に、すぐこの篇が郷党第二として、あったという。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 加地先生のいいようは極端ですが、この篇は当時の中国の社会状況などにある程度の類推が及ぶ人、漢文の文脈を読むことにある程度なれている人でなければ、難しい面もあるでしょう。しかしそんなこといったら他の篇にしても大なり小なりそういう部分はあります。そのための解説本ではないかともいいたいですね。