蜀犬 日に吠ゆ

2009-11-01

[][][][]郷党第十を読む(その2) 11:50 はてなブックマーク - 郷党第十を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

侃侃如。誾誾如。踧踖如、与与如。

 子罕第九(206~235)

237 朝与下大夫言。侃侃如也。与上大夫言。誾誾如也。君在。踧踖如也。与与如也。

(訓)朝において下大夫と言うには、侃侃如(かんかんじょ)たり。上大夫と言うには、誾誾如(ぎんぎんじょ)たり。君在(い)ませば、踧踖如(しゅくせきじょ)たり、与与如(よよじょ)たり。

(新)朝廷で下級の大夫と話すにはいと物柔らかに、上級の大夫にたいしては臆するところなく言う。君主の前では謹直だが、ゆとりを失わない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 君子の態度を表した章句を読むとき、私のような小人は、むしろ逆の立場に落ち込んでいないかと省みる必要があります。

 すなわち、「下大夫」目下のものにたいして高圧的に接していないか、「上大夫」目上の人には無意識にでもおもねっていないか、「君」とは会わないので、上司と話すときむだに緊張してかえって失礼をしてしまうことがないか。


 「○○如」という形容は、論語には多く見受けられます。前章の「恂恂如」なども同様ですね。加地先生は前章から続けて一条としているようです。この形容詞に関して、八佾第三にある始作翕如也。従之純如也。皦如也。繹如也以成。の解釈で、宮崎先生はこうした擬態語の意味は分からないとおっしゃっていました。こういう形容詞というのはその意味の多くが失われ、漢字直接の意味はともかく、時代が醸し出すニュアンスのようなものを知ることはできないようです。同時代の文章と比較しようにもほとんどありませんし。