蜀犬 日に吠ゆ

2009-11-04

[][][]ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』2 角川つばさ文庫(その2) 21:11 はてなブックマーク - ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』2 角川つばさ文庫(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

実際は第14節から

  1. ドラコニアンの虜
    • ドラコニアンはドラゴンを信仰している。
      • 魔法で異世界から呼び出され、死ぬと石化・風化する怪物なのに宗教を持つというのがよく分かりません。ドラコニアンの死生観、とかどうなっているのでしょう。
    • タッスルがドラゴンになり、混乱する。
    • 「レイストリンが笑っていた。」「二度と聞くことのないよう切望した。この世のものでないような、かん高いあざけりの笑いだった。」
  2. 脱出 井戸 黒い翼に乗った死
    • 滅びたザク・ツァロスの廃墟に到達する。
    • リヴァーウィンドがタニスに友情を示す。
      • はいはい、フラグフラグ。
    • 井戸の底からブラックドラゴンが!
      • カオティック! 酸のブレス(直線型)! ヒットダイス7!!
    • リヴァーウィンドにブレス直撃! 再起不能!!
      • ドラゴンブレスのダメージというのはドラゴンのヒットポイントに等しい、と言うことは期待値で見てもダメージ31.5。
      • 友情なんて誓うから…… とはいえ、後悔先に立たず。
  3. 辛い決断 最大の賜物
    • ゴールドムーンが神殿の中から呼びかける。
    • ゴールドムーンはケ=シュの「族長」を自覚し、また癒しの女神ミシャカルの祝福を得る。
    • 女神からクエスト「黒竜キサンスの巣からミシャカルの円盤(ディスク)を取ってくる」を受ける。
    • リヴァーウィンドが死を免れる。
      • 世界を救うヒーローは、やっぱりそうでなくてはね。
  4. 使者の道 レイストリンの新しい友だち
    • 神殿から廃墟の地下へ。
    • どぶドワーフGully Dwarf 登場。
      • レイストリンの「友情(フレンドシップ)」の呪文で仲間となる。
    • ドラコニアンたちは「つるべ」――滑車にささえられた二つの大鍋にどぶドワーフをのせたりおろしたりすることで重さを調節し、竪穴のエレベータとして使用している。
      • このへんはちょっと無茶な設定かも。ダンジョンシナリオとしては面白いけれど、こういうシステムを恒常的に使用できるとは考えにくい。
    • ドラゴンの住み処を知るのはどぶドワーフの氏族の長、バルプ大王のみ。一行は大王のもとへ向かう。
  5. つるべでの闘い ブープーのせき止め
    • ドラコニアンと戦闘
  6. 廃都 バルプ大王ファッジ一世
    • 廃都の円形広場に黒竜キサンスが現れる。
      • キサンスはヴェルミナァルドとつるんでいる様子。
    • 一行はバルプ大王からドラゴンのすみかまでの地図を受け取る。
      • その裏でバルプ大王はキサンスに使者を送り、一行の計画を密告する。
  7. バルプ大王の地図 フィスランダンティラスの呪文書
    • レイストリンの目的はザク・ツァロスに眠るフィスタンダンティラスの呪文書(スペルブック)。
    • レイストリンは囮となり、そのあいだに一行が円盤を盗み去る計画を立てる。
  8. 生け贄 二度滅びた都
    • レイストリンは捕らえられ、ドラゴンは一行を待ち伏せる。
    • ヴェルミナァルド卿――竜の使い頭(ドラゴン・ハイマスター)――
      • てことは、キサンスより偉いのではないか。
        • 竜の群れを束ねる軍団長が、竜より弱くても別にいいので、戦闘力の点では分かりませんが。
    • ゴールドムーンがキサンスに青水晶の杖をわたす間に、スタームが円盤を入手。
    • 何度目か、青水晶の杖が奇跡を起こす。
      • キサンスに致命傷。ゴールドムーンは光とともに消え去る。
    • 地下都市の崩壊。
    • 脱出。つるべの奪い合い。
  9. ブープーの贈り物 不吉な光景
    • ミシャカルの神殿にゴールドムーンが出現。僧侶(クレリック)、癒しの力を得る。
    • ブープーはキサンスの洞窟からフィスランダンティラスの呪文書を持ち出していて、レイストリンに与える。
      • これで2レベル呪文も使えるようになる、ということ?
    • 戦争始まる。ソレース炎上。

前の感想

廃都の黒竜 下 (その1)



[][][][]郷党第十を読む(その4) 20:29 はてなブックマーク - 郷党第十を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

公門に入るには

 子罕第九(206~235)

239 入公門。鞠躬如也。如不容。立不中門。行不履閾。過位。色勃如也。足躩如也。其言似不足者。摂斉升堂。鞠躬如也。屏気似不息者。出。降一等。逞顔色。怡怡如也。没階。趨進。翼如也。復其位。踧踖如也。

(訓)公門を入るには、鞠躬如たり。。容れられざるが如し。立つこと門に中(あた)らず、行くに閾を履(ふ)まず。位を過ぐるには、色、勃如たり、足、躩如たり。其の言は足らざる者に似たり。斉(もすそ)を摂(かか)げて堂に升(のぼ)るには、鞠躬如たり。気を屏(ひそ)めて、息せざる者に似たり。出でて一等を降れば、顔色を逞(はな)ち、怡怡如(いいじょ)たり。階(きざはし)を没(つく)して趨り進むには、翼如たり。其の位に復(かえ)りては、踧踖如たり。

(新)宮殿の正門を入るときには、前かがみに頭を下げて、天上がつかえたよう。門の中央では立ちどまらず、閾をまたぐ時に足で履まない。君主の座席の前を通るときは、顔付きがひきしまり、きびきびした足取りになる。口を利くには言葉短くすます。裾をつまんで階段から堂に上るときは、前かがみに頭を下げ、口をつぐんで息をのみこんだよう。堂から下りる時は、一階下るごとに、安堵の色が現われて、のびのびした顔付きになる。降りきって、小走りに進む時は、軽快に羽が生えたよう。庭中の自己の座席に戻ってくると、落着いた顔色にかえる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 宮崎先生の解釈は前後の章句と比べて毎回訳語が違います。「趨進。翼如也。」が、「小走りに足を運ぶ時は、羽を拡げたように軽快だ。」になったり「小走りに進む時は、軽快に羽が生えたよう。」になったり。天使などでも、両手と袖を翼とするか、背中に翼があるとするかで結構造形は異なってくるのですが。大意としては変わらないからいいか。


 「鞠躬」は双声ですよね。「キツキツ」な語感は日本語とも共通しそうです。

 ただ、郷党篇冒頭では「宗廟、朝廷にあるや、便便として言う」と言っていたのに、今回「其の言は足らざる者に似たり。」となったのは、祝詞(っていうのか知りませんが)をあげる担当ではなかったのでしょうか。


 閾を踏まないのは現代日本でも常識に属する礼儀作法ですね。畳のへりも踏んだらいかんのですぞ