蜀犬 日に吠ゆ

2009-11-10

[][]服部圭郎『道路整備事業の大罪』新書y 洋泉社 20:23 はてなブックマーク - 服部圭郎『道路整備事業の大罪』新書y 洋泉社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 「大罪」などと聞くとわたしなどはすぐにソドムでありゴモラであり天が裂け地は崩れ人はみな塩の柱となって奈落へ落ちていくようなイメージを持ってしまうのですが、それほどでもなかったので安心しました。

道路整備事業の大罪 ~道路は地方を救えない (新書y)

道路整備事業の大罪 ~道路は地方を救えない (新書y)

 では、道路を造ると何が問題なのか、という話。

第四章 道路がもたらす八つの弊害

道路整備がもたらす負の側面。

 前章では、道路整備がもたらしてくれるはずの効果が必ずしも具体化していないことを、事例を挙げて説明してきた。本章では、道路整備がもたらす負の側面を中心に、その弊害を次の八つの観点から整理していきたい。


  1.  自動車への過度の依存体質がもたらす移動の不自由
  2.  商店の喪失などの生活環境の悪化
  3.  コミュニティの空間的分断と崩壊
  4.  子どもの遊び空間の喪失
  5.  自動車優先型の都市構造がもたらす非効率性
  6.  失われる風土と地域アイデンティティ
  7.  観光拠点だった場所が通過地点になることで生じる観光業の衰退
  8.  家計への負担の増大
服部圭郎『道路整備事業の大罪』新書y 洋泉社

 キリスト教の「大罪」とは合わせるつもりなさそうですね。

 行政が道路に特化して整備を推進している状況がおかしいというのはその通りでしょうけれども、なんだか道路をなくせば薔薇色の未来という含みが見て取れるのには違和感を覚えました。悪いのは道路だけではないでしょう。


 この本で面白かったのは、自動車優先社会の破綻やあたらしい公共交通の取り組みなど、世界で始まっている交通の自動車からの重心移動でした。服部氏はそちらの方面に関心がないようで記述がありませんが、もしこうした「自動車離れ」がこれからも広まっていくなら、アメリカのGM再建や日本のエコカー減税などは、そもそもの出発点が間違っていたことになるのではないでしょうか。

第三章 道路が地方を救えない理由

世界で破綻している自動車優先型の都市②――ブラジリア

 ブラジルの首都・ブラジリアも、自動車優先型都市からの方向転換を図っている。

 ブラジリアは、建築家ルシオ・コスタによって一九六〇年に建設された。その都市設計は、机上で考えられた理想論を具体化したもので、都市構造は鳥が羽を拡げたような形をしており、その羽の部分に羽の部分に人工湖を配している。鳥の頭の部分には国会議事堂や最高裁判所などの行政施設が設けられ、羽の部分に住宅や各国の大使館が配置されている。さらに建物は高層ビルとし、オープンスペースを多く取れるようにした。そして、市内の移動手段は自動車を前提とした。ブラジリアは、当時の都市計画家の多くが理想と思う要素を幕の内弁当のように盛り込んでつくられた都市なのである。

 このブラジリアがつくられて四〇年以上経って、どのような状況になっているかというと、正直、悲惨の一言である。なにしろ歩けない。歩くことを前提に都市がつくられていないので、歩行者の動線はけもの道以上のものがないからだ。普通の都市は高速道路のように幅が広く、しかも横断歩道も歩道橋も何もないので、道路の向こう側に行くには渡るしかないのだが、自動車の走行速度も高速道路並みなので、ものすごい恐怖を覚える。高齢者や子どもたちにとっては、この街を歩くということはほぼ不可能である。

 当初は、信号すらも設置されなかった。これは、出発地から目的に着くまで自動車は止まらない、といったコンセプトで設計されたからだ。普通の道路でもクローバー型の立体交差となっている。だが、円滑に自動車交通をさばこうとして設置された立体交差が、今では交通のボトルネックとなって渋滞を引き起こしている。

 ヒューマンスケールなどとは無縁の都市構造をしているから、隣のビルに歩いていくのにも広大な駐車場を越えて一〇〇メートルは歩かなくてはならない。しかも、このような都市空間を二〇世紀半ばに推奨したル・コルビジェやルシオ・コスタが描いたスケッチには、高層ビルの間には緑のオープンスペースが絨毯のように敷かれていたが、ここブラジリアでは、それらは自動車によって占拠されてしまっている。

 ただし、ル・コルビジェたちが提唱したように、これらのオープンスペースを設けたことで、さんさんと輝く太陽による日光は十分に地面に到達しているので、歩いていると日射病になってしまう。人々がたむろして楽しむ広場のような空間がまったくない、おそるべき機能主義的な都市なのである。

服部圭郎『道路整備事業の大罪』新書y 洋泉社

 ブラジリアは現在信号の設置など都市計画の見直し中だそうです。

 よその国の失敗談で笑っていられるうちは、楽しいのですけれども。


[][][][]郷党第十を読む(その8) 20:29 はてなブックマーク - 郷党第十を読む(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ


郷人、飲酒するに

 郷党第十(236~253)

245 郷人飲酒。杖者出。斯出矣。郷人儺。朝服而立於阼階。

(訓)郷人、飲酒するに、杖する者出づれば、斯に出づ。郷人、儺(だ)するときは、朝服して阼階(そかい)に立つ。

(新)町内で宴会がある時は、杖をついた老人が帰るのを待って、そのあとで退出する。町内の行事で鬼やらいの行列がまわってきた時は、礼服を着て、入口の階段に立って待ちうける。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 町内での作法。こういうのは規則になってはいなそうですが、老人に不測の事態が起こらないよう見届ける、町内の行事は公式の行事と同じように執り行う、という事ですかね。