蜀犬 日に吠ゆ

2009-11-12

[][][][]郷党第十を読む(その10) 20:17 はてなブックマーク - 郷党第十を読む(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

厩火事

 郷党第十(236~253)

247 廐焚。子退朝曰。傷人乎。不問馬。

(訓)廐(うまや)焚(や)けたり。子、朝より退いて曰く、人を傷くるか、と。馬を問わず。

(新)廐が火事でやけた。孔子は勤務から帰ってきて言った。誰も怪我しなかったか、と。馬のことは聞かなかった。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫
厩火事

「(略)おまえがそういうから話をするんだが、おまえ唐土(もろこし)を知ってるかい?」

「知ってますとも。お団子でしょ?」

「お団子じゃないよ、支那、中国だよ」

「はァ?」

「ここに孔子という学者があった」

「あァ幸四郎の弟子かなんかですね?」

「役者じゃないよ、学者」

「あァ、がくしゃッってえと、どんなもんなんですゥ?」

「まるでわからない……いまでいう文学博士とでもいう、学問のある偉い方なんだ。そういう方だから、町なかへお住まいンならない、いつでも郡部というようなしずかなところへお住まいなンなってた。昔のことだ、お役所へお勤めンなんのに馬でお通いンなる。二頭の馬があった。一頭のこの白馬(しろうま)のほうを、たいへんに孔子さまが、お愛しンなったんだ」

「あらそうですかねェ、似たような話があるもんですね、うちの亭主(ひと)もたいへんあれが好きなんで、『夏はいけないけど、冬はあれにかぎる、温ったまっていい』って」

「おい濁酒(どぶろく)の話をしてるんじゃあないんだよ、白馬ったって乗る馬だよ」

「ああ乗るお馬なんですか? それがどうしたの?」

「その日に限って孔子さまが、乗り換(が)いの黒馬(あお)の方ン乗ってらした。その留守にお厩から火事が出た。弟子たちは心配をして、ご愛馬の白馬に、怪我でもあってはたいへんと厩へ飛んでいって、どうかしてこの白馬を出そうとおもった。どうして動(いご)くことか、名馬ほど火を怖れる……の譬(たとえ)、だんだんだんだん弟子のほうで、あとへ引きずらいた。命にァ代えらんないから羽目を蹴破って弟子はのがれた。馬は焼け死んでしまった。孔子さまがお帰りてえことんなった。『お帰(かい)り遊ばせ、あやまって厩から火を発しましてございます。ご愛馬の白馬(はくば)が』と言わないうちに孔子さまが、『弟子の者ォ一同怪我はなかったか?』とおっしゃった。『弟子の者ォ一同無事にございます』『そうか、それは重畳であった』って、にこにこ笑ってらして、ほかのことこれっぱかりもおっしゃらない。どうだい、偉い方だろ? そのお弟子はなんとおもう『ああァありがたいご主人だ、この君ゆえには一命を投げうってもつくさなきゃあならない』とおもうだろ? これがお崎さんの前だけど、一事が万事てえやつだ。これにそのの反対をしたはなしがある。(略)」

麻生芳伸『落語百選 秋』ちくま文庫
落語百選 秋 (ちくま文庫)

落語百選 秋 (ちくま文庫)


 蛇足。

「ここに孔子という学者があった」「あァ幸四郎の弟子かなんかですね?」「役者じゃないよ、学者」

 のくだりは、孔子と幸四郎、学者と役者の二重語呂合わせ

 ですが、江戸時代は孔子は「くじ」と発音したので擬古とするとなりたちませんね。このくすぐりは後から足された部分なのかもしれません。