蜀犬 日に吠ゆ

2009-11-23

[][]セルフリメイク~~高橋葉介『夢幻紳士』回帰編 早川書房 16:13 はてなブックマーク - セルフリメイク~~高橋葉介『夢幻紳士』回帰編 早川書房 - 蜀犬 日に吠ゆ

 というのであればこのシリーズはすべてそうではないでしょうか。わたしの基準ですと夢幻紳士って夢幻魔実也「少年探偵Bバージョン」(キャプテン版、ドタバタコメディのやつ)のイメージなので。

夢幻紳士 回帰篇

夢幻紳士 回帰篇

 今回はハヤカワのミステリマガジン掲載、ということで「青年探偵Cバージョン」かと思えば、「青年探偵Aバージョン」、「怪奇篇」の様相。しかしそれは最後のページの魔実也だけで、本編で活躍するのは青年Cのほうかもしれません。

 何が言いたいのかというと、オビ(ハカマ)には「夢幻紳士シリーズの新境地」とか書いてありますが、いつも通りと言うことです。いつも通りおもしろい。


 あと、「名篇の数々を著者がセルフリメイク」とありますが、全然元の話が思い出せませんでした。私が読んでいないだけでかもしれませんが。物置から昔の本を引っ張りだしてくるのも面倒くさいですしね。ネコ夫人が出てこないので「冒険活劇篇」のリメイクはないと分かります。

  • プロローグ
    • わあ、オチが分かってしまいました。
    • だからちょっとCバージョンかな? と思ったわけです。
  • 蝙蝠
    • いつも思うのですが、この夢幻紳士の「回想シーン」や「亡霊」を表現する、あのかすれたようなタッチはどのようにして描いているのでしょうね。クレパス? まさか版画を刷っているとは思いませんが。満月に暗く立ち上がる森などは、筆だと思うのですが……。このタッチの使い分けが、私はあまり肌に合わないのかいつも世界観に浸れないんですよね。冒険活劇篇の評価が高い所以。
  • 首屋敷
    • 読んだ記憶が…… やはりないですねえ。
    • あーあとザンコク描写もあんまり好きじゃない。だったら読むなよと言われそうですが、本当に、どうして読んでいるのでしょうねえ? だから冒険活劇篇……
    • 思い出してみれば、チャンピョンの学校怪談もどんどん「怪奇篇」的になっていくので、私は過去の作品を漁った方がいいのかもしれません。
      • といいつつ、「回帰」篇が「怪奇」篇であることを十分に予想しつつ、ついうっかり漫画を買ってしまうのですよねえ。本当に、どうして?
    • まあザンコク度は低いか。
      • 「あっ、また首がとんだ」「マンネリ反対」
    • まあザンコク度は低い。勧善懲悪的なので。私にとって、ザンコクは、「運命の翻弄」が大きな位置を占めているのかもしれません。
      • こういう風に、だんだん自分の内面へと降りていくのがホラーの醍醐味ですよね。
      • まああんまり自己分析って好きじゃないんで、考えないし、インターネットに公表したりはしないのですが。
  • 吸血鬼
    • 「お前に出来ることは僕にだって出来るのだ!!」魔実也ずるいなあ。ヨミ様も、どれだけこのセリフを言いたかったことでしょう。
    • へー
      • 特になし。
  • 夢魔
    • むー
      • 特になし。
      • ちょっと思ったのは、ライフセーバという仕事が必要とされるのは、人間のうっかりによるものなのか、もしくはもっと人間の本質による物なのでしょうか。陸上での事故と同じように捉えていいとするなら、警察や消防の仕事の一環で済ませていいはずなのに、水の事故が特別扱いされる。やはり水には、何かあるに違いありません。
  • 木精(すだま)
    • 山男には惚れるなよ。
    • 疑心暗鬼を生ず。などというとこのシリーズ自体そんな話ばかりかもですが。
  • 蜘蛛
    • 妖怪が全くでてこなくても話が成立しますね。まったく子供というのはマージナルマンです。
  • 夜会
    • 「あっ、また首が」「マンネリ反対」
    • だからこういうザンコクは嫌い。しかし一定の需要というか、共感のある話なのでしょうね。
  • 花火
    • いい話。
    • 「亭主に八ッ裂きに」関係ないと思います。なぜに突然このエピソード? そんなにいい話だけで終わらすのがイヤなのでしょうか。
  • 幽霊船(前編)
    • 疑心暗鬼を生ず。
  • 幽霊船(後編)
    • 疑心暗鬼を生ず。魔実也本人がいっているのでまちがいありません。
  • エピローグ
    • 予想どおりの展開。ですが、最後のページまで予想できたかというとうーむ(しゃれではないですぅ)。

[][]炎のまんが道~~焔燃『アオイホノオ』12 小学館 19:09 はてなブックマーク - 炎のまんが道~~焔燃『アオイホノオ』12 小学館 - 蜀犬 日に吠ゆ

 島本先生のまんが道を読む。福満先生の「僕小」とお別れする準備ともいえましょう。

アオイホノオ 1 (ヤングサンデーコミックス)

アオイホノオ 1 (ヤングサンデーコミックス)

アオイホノオ 2 (少年サンデーコミックススペシャル)

アオイホノオ 2 (少年サンデーコミックススペシャル)

 『聖☆おにいさん』の最新4巻は、本屋で見つけてもなんのしこりもなく無視できるようになりましたからね。いまのまま行けば福満先生に関しても、「ああ、そんなのあったね(笑)」となること請け合い。

 しかし、そうやって読むまんが道を減らしていくだけでは「愛知り」の発刊ペースが遅すぎて発狂してしまいます。そこで、「アオイホノオ」なわけです。


[][][][]先進第十一を読む(その1) 21:07 はてなブックマーク - 先進第十一を読む(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

 宇野先生の論語解題によれば、弟子の賢不賢について記した章句が中心とのこと。


 吉川先生の解題も引き写しておきます。

この篇は、他の篇とは必ずしも同じでない性質をもっている。「論語」のおのおのの篇は、はっきりした分類の意識をともなって編集されてはいなけれども、似た内容の条が一個所にかたまってあらわれるという現象も、またあちこちに指摘される。そうした現象の一つとして、この篇では、弟子たちについての記述が多いのである。宋の朱子もそのことに注意して「此の篇は多く弟子の賢否を評す」といい、かつ胡氏の説を引いて、二十五章のうち、閔子騫の言行を記録したものが四章あるのは、閔子騫の門人が記録したからではないかという。

 また弟子たちに対する批評は、往往にして、数人の弟子の性格なり言行を比較するというかたちで、与えられている。これは人間の性格、したがってまた生活の方法は、さまざまに分裂し、その間に価値の序列はおのずからあるけれども、同時にまた、それぞれに容認されるという認識、あるいは心情を、前提とするであろう。またそうした認識を前提としてもつゆえに、批評の目は、直接に批評される対象ばかりでなく、比較の媒介となるものにも向こうのであろう。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書



先進の礼楽におけるや

 先進第十一(254~278)

254 子曰。先進於礼楽。野人也。後進於礼楽。君子也。如用之。則吾従先進。

(訓)子曰く、先進の礼楽におけるや、野人なり。後進の礼楽におけるや、君子なり。如しこれを用うるには、吾れは先進に従わん。

(新)子曰く、昔の人たちが身につけた教養は、田舎者流であった。今の人たちの教養は、すっかり文化人風になっている。どっちの教養が本物かといえば、昔の人たちの方だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫