蜀犬 日に吠ゆ

2009-12-04

[][][][]先進第十一を読む(その6) 20:05 はてなブックマーク - 先進第十一を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

顔路、子の車を請い

 先進第十一(254~278)

260 顔淵死。顔路請子之車。以為之椁。子曰。才不才。亦各言其子也。鯉也死。有棺而無椁。吾不徒行以為之椁。以吾従大夫之後。不可徒行也。

(訓)顔淵死す。顔路、子の車を請い、以てこれが椁(かく)を為(つく)らんとす。子曰く、才、不才あるも、亦た各々其の子と言うなり。鯉(り)や死せしとき、棺ありて椁なし。吾れ徒行して以てこれが椁を為らざりしは、吾れは大夫の後に従い、徒行すべからざりしを以てなり。

(新)顔淵が死んだ時、父の顔路が孔先生の車を貰って、それで外棺を造りたいと願った。子曰く、才と不才の違いはあっても、人はそれぞれ自分の子がある。私の子の鯉が死んだ時、内棺だけあって外棺はなかった。私が車をなくして歩行してまで、子のために外棺を造らなかったのは、私はこれでも大夫の位の席末につらなっていて、大路を車に乗らず、徒歩で往来するわけに行かなかったからだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 顔回の父、顔路初登場でしょうか。

顔路は、顔回の槨を準備できなかったのであるから、貧しい層に属していたと考える。事実、子の顔回の生活は貧しかった。なお、孔子に対する顔路の要求は、いくら孔子が顔回を愛していたとしても、厚顔である。そういう無遠慮な要求ができたのは、孔子と顔路(六歳年下)とが血縁関係にあったからではないだろうか。孔子の母は顔徴在という。母の姓である顔氏を通しての血縁的つながりがありそうだと私は推測している。顔回に対する孔子の愛情には、弟子としての遇しかた以上のものがある。もっとも、孔子と顔路・顔回との血縁関係を示す資料は、今のところない。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 酒見賢一『陋巷に在り』新潮文庫 ですと、ふつうに孔子も顔氏一族に入っている(幼い頃父が死んだので母の顔氏のもとで育った)ので、ときおり頭のチャンネル合わせが必要です。もし『陋巷に在り』に続編が出たらどういう風に展開したのでしょう。

 私が妄想するなら、「顔回の死には、孔子にも責任があった」とするストーリーはどうでしょう。『孔子暗黒伝』では、東夷へハリ・ハラを探るために探索させたために顔淵は夭折することになりますが、顔路はそれを知り、車を失うことの意味も充分承知した上でなお、こういう申し出をした、と。とすると孔子の言い諭しが不自然になってしまいますね。だったら、伯魚(鯉)は凡庸な人物でしたが、何らかの事件で顔回をかばって死に、それに責任を感じた顔回が無茶をして…… 一個ウソをつくと、無限に言い繕わなければならなくなるのでたいへんです。

 もっと『顔回暗黒伝』にするなら、顔回の死はフェイクであって、顔路もグルになり一芝居うったと。孔子はその計画をとめようとしますが、暴き立てると敵を利してしまうので、「ワシにも立場があって喃」とか遠回しに伝えるために大夫云々の話をした、と。



 閑話休題。

 この章句は、顔回の死の話ですが、主題は「財産の公私混同」ということでしょう。孔子が車を所有しているのは、仕事のためであって、私有財産のように見えるけれどもそうではないのだ、ということなのでしょう。