蜀犬 日に吠ゆ

2009-12-13

[][][][]先進第十一を読む(その10) 23:43 はてなブックマーク - 先進第十一を読む(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん

 先進第十一(254~278)

264 季路問事鬼神。子曰。未能事人。焉能事鬼。曰。敢問死。曰。未知生。焉知死。 

(訓)季路、鬼神に事(つか)うるを問う。子曰く、未だ人に事うる能わず、焉んぞ能く鬼に事えん。曰く、敢て死を問う。曰く、未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。

(新)季路が先祖の霊を慰めるにはどうすればよいかと尋ねた。子曰く、生きている人を慰めることができないでいて、どうして死んだ人を慰められるものか。曰く、死とはどういうことですか。子曰く、生きることの意味が分らないで、どうして死の意味が分ろうか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

この章の場合、後半の句「未知生、焉知死」だけを取り出し、(生のことが分からないのに、死のことが分かるはずがない)と解し、(死については考えない)、さらに(死について考えるのは無意味)とし、孔子は死について語らず無関心であったという解釈が、古来、一般的であった。それは誤解である。この章の前半が示すように、鬼神とりわけ鬼という霊魂問題を取りあげているように、後半も具体的な死の問題についての議論と解する。(もし)あるいは(まだ)、在世の親に対して十分に事えることができなかっったり、親の意味が分からないのであるならば、親の霊魂や死の問題についてとても事えたり理解したりすることはできないと孔子は言っているだけである。『論語』全編を読めば分かるように、孔子は霊魂や死について強烈な関心を有している。従来の(孔子は死について無関心)という観点は、『論語』のみならず、儒教について理解することはできない。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 要するに、孔子は、鬼神、死、それらの語によってあらわされる不可知の世界の存在を、必ずしも否定はしていない。しかし不可知の世界よりも、ます可知の世界に向かって、努力せよというのが、その態度であったと思われ、この条もそうした態度の表明である。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 そしてこの章句は一人歩きしやすい様子。

 なににしてもこの条は、雍也第六の「鬼神を敬して之れを遠ざく」及び述而第七の「子は怪力乱神を語らず」とともに、後世では、宋儒の無神論の有力な論拠となる。また無神論的立場では、宋儒を継承したばかりか、一そう強化した仁斎は、この条の「古義」でも、かく鬼神と死について語らなかった点こそ、夫子が群聖に度越して、万世生民の宗師となる所以であるとする。またさらに議論をすすめ、他の古典に、孔子の言葉として、鬼神や死にふれた言葉があるのは、信ずるに足らないと、強調する。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 そこまで行くと極端ですね。


 思い出したので書棚から岡本綺堂を出してきました。ほんとうは怪力乱神のところで出すべきでした。 

江戸っ子の身の上―綺堂随筆 (河出文庫)

江戸っ子の身の上―綺堂随筆 (河出文庫)

怪奇一夕話

 論語に「子は怪力乱神を語らず。」とある。この解釈に二様あって、普通は孔子が妖怪を信じないと云うように受取られているのであるが、又一説には、孔子は妖怪を語らないと云うに過ぎないのであって、妖怪を信じないと云うのではない。孔子も世に妖怪のあることを認めてはいるが、そんなことを妄りに口にしないのであるという。成程、そういえば然ういう風に解釈されないことも無い。「語らず」と「信ぜず」とは、少しく意味が違うように思われる。

 現にその孔子も妖怪に襲われている。衛にあるあいだに、ある夜その旅舎の庭に真黒な姿の怪しい物が現れたので、子路と子貢が庭に飛び降りて組み付いたが、敵はなかなかの曲者で、二人の手に負えない。そこで、孔子も燭を執って出て、そいつの鬚をつかめとか、胸を押えろとか指図した。それでようよう取押さえてみると、怪物は巨大なる鮷魚であっったという。鮷魚は鯰のような魚類であるらしい。大鯰はなんの為に化けて出たのか、相手を聖人と知ってか知らずか、それは勿論穿索の限りでないが、兎も角もこういう怪物が目前に出現した以上、孔子も妖怪を信じないわけには行かなかったであろう。こうなると、「語らず」は文字通りの「語らず」であって、「信ぜず」というのでは無いらしい。

岡本綺堂『江戸っ子の身の上』河出文庫

 何が「現に孔子も」だ。たんたんととんでもないこと言いますねえ。

 勿論見所は、「子路と子貢が庭に飛び降り」る部分。いいぞ、子貢! 口舌の徒とはいっても、この勇気、この行動力が子貢と宰予を分ける部分なのでしょうねえ。出典が知りたいものです。