蜀犬 日に吠ゆ

2009-12-17

[][]河田清史『ラーマーヤナ』下 レグルス文庫 第三文明社(その1) 20:08 はてなブックマーク - 河田清史『ラーマーヤナ』下 レグルス文庫 第三文明社(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

  • 五の巻
    • ランカ
      • ランカの城壁内にはくだものの王といわれるマンゴーの林があり、ハニュマーンは忍び込んで食べまくる。
    • シータの発見
      • ラーバナは、シータを城内ではなくアソカの森の中にとらわれている。
      • ラーバナのあとをつけたハニュマーンはシータを見つける。
    • シータの話
      • ハニュマーンはシータのもとに行き、シータから誘拐の顛末を聞く。
    • ハニュマーンの活躍
      • シータのもとにいたハニュマーンは見張りの悪魔たちにつかまってしまう。
      • 悪魔たちはハニュマーンをやいて食べようとする。「こんがり焼いたお猿の肉は、この世のいちばんのごちそうだ。」
      • ハニュマーンは身体の大きさを変えることができるので小さくなって網の目をぬけ、ランカを脱出する。
        • 尻尾についた火を吹き消したときに、顔が黒くなり、これがのちに「ハニュマーン猿」に受け継がれる。
    • 雨季の黙想
      • ラーマとラクシマナの二人は捜索隊の吉報を待ちつつ神への祈りと瞑想とをつづける。
    • 捜索隊の帰還
      • ハニュマーンがラーマにシータの居場所を報告する。

上巻の感想

上巻その1

上巻その2

上巻その3

上巻その4


[][][][]先進第十一を読む(その1420:42 はてなブックマーク - 先進第十一を読む(その14) - 蜀犬 日に吠ゆ

小子、鼓を鳴らしてこれを攻めて可

 先進第十一(254~278)

269 季氏富於周公。而求也為之聚斂而附益之。子曰。非吾徒也。小子鳴鼓而攻之。可也。

(訓)季氏、周公よりも富む。而して求や、これが為に聚斂(しゅうれん)してこれに附益す。子曰く、吾が徒に非ざるなり。小子、鼓を鳴らしてこれを攻めて可なり。

(新)季氏は昔の周公よりも財産が豊かであった。ところが求は季氏の代官となって、税をきびしく取り立てて、更に財産を増やしてやった。子曰く、彼はもう学徒とは言えない。諸君はデモに押しかけて行って攻撃しても構わない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 太鼓は攻めるときの合図。

「鼓」は、戦闘開始や前進の合図のときに使う。退却のときは鐘。音がひびき続けるのと、収まるのとの相違を利用。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 この場合は、「戦いのときのように押しよせて、その罪をいいふらせ」と言うことであるようです。

鼓を鳴らす=その罪をいいふらすのである。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 この章句の主題は、冉求が苛政を行ったことではありません。冉求は、視野が狭い故に自分の職責を果たそうとするあまり、礼を失してしまったのですから、過ちを改めることだけが求められているのです。

 この章は弟子が悪人を助けて民を害するのを悪(にく)んだのである。

 孔子が悪人に党して民を害するのを悪むのはこのようである。しかし、師は厳で友は親しいから、既に子弟の関係を絶っても、なお門人にこれを正させるところを見ると、孔子が人を愛することの已むことのないのがわかる。(朱子による)

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 師匠としてはその罪を追求して断罪するしかできませんが、小子、すなわち兄弟弟子たちはおたがいに諫めあうことができるのだから、冉求に過ちを気づかせてあげなさい、と言うことでしょう。

 立身出世して職につくことは、自分の能力を発揮して民を救うことにつながるので、たとえば悪名高い人に仕えても、それを糺すのであれば問題ない、と孔夫子であれば考えていらっしゃることでしょうが、与えられた仕事だからと善悪の判断もせずにこなすのであれば、修身斉家の修養など必要はない、学問をした意味がないと孔子はいいたいのだと思います。