蜀犬 日に吠ゆ

2009-12-21

[][][][]先進第十一を読む(その16) 19:58 はてなブックマーク - 先進第十一を読む(その16) - 蜀犬 日に吠ゆ

子曰く、回や其れ屢々空しきに庶し

 先進第十一(254~278)

271 子曰。回也其庶乎。屢空。賜不受命。而貨殖焉。億則屢中。

(訓)子曰く、回や其れ庶いかな。屢々空し。屢々空しきに庶し。賜は命を受けずして貨殖す。億(はか)れば則ち屢々中(あた)る。

(新)子曰く、回は年中貧乏暮らしというところ。賜は命ぜられなくても、金儲けに熱心だ。彼の見通しは大てい的中する。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 通常の訓を正すのは久しぶり?

 賜、すなわち子貢は孔子学団の財政面担当者であったらしい。不受命の句を従来の注釈では、天命を受けぬことと解説するが、例によって牛刀を用いるの感を免れない。当時の金儲けと言えば、市場における商品の操作が主であり、投機的な要素が多かったと思われる。

 顔回の方は経済的手腕など全くなく、学団に貢献することはおろか、自分自身がいつも貧乏の標本になっていた。ここでも従来の注釈は、其庶乎(それちかいかな)の三字で句を切り、道に近い、という意味に解しようとする。少しでも多く道徳的説教に役立てようというのがその根本的態度である。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 しかし、たしかに貧乏でしたが「貧乏の標本」はひどいなあ。

 子貢が顔回の暮らしを援助したりしないのか、という疑問をもったこともあります。子路が就職の斡旋なども。顔回は全部断りそうですが、父顔路などを通して何とかなったりしなかったのでしょうか。孔子とともに流浪の旅をしたことを考えれば、全くの無一文というわけもなくて、普段曲阜にいるときはわざわざ無為の生活を行っていたのかも知れませんね。しかもそれがわざとらしくないので孔子がほめた、とすると分からないでもありません。