蜀犬 日に吠ゆ

2009-12-22

[][][][]先進第十一を読む(その17) 22:32 はてなブックマーク - 先進第十一を読む(その17) - 蜀犬 日に吠ゆ

迹を践まざれば、亦た室に入らず

 先進第十一(254~278)

272 子張問善人之道。子曰。不践迹。亦不入於室。

(訓)子張、善人の道を問う。子曰く、迹(あと)を践まざれば、亦た室に入らず。

(新)子張が善人の道は何かと尋ねた。子曰く、善人の歩いた迹をついて行かなければ、善人の室へは這入れない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 述べて作らず、信じて古を好むと共通する内容と見てよいでしょう。

 善人は知者、賢人などと共に、仁者に次ぐ人格者。善人之道とは、先王之道、文武之道、古之道、夫子之道などの例に見られるように、善人の行った道、歩いた道と解してよいであろう。善人の道は善人の真似をすれば分かるのである。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 普通は、善人はさらに高い理想をもって聖人の道を歩むべきである、と解するようです。その場合、「不践迹。」を「迹を践まず。」とよんで聖賢の道を、それと知らずに歩いて(間違えないで)いる、とします。

 子張が善人の行う道を質問した。孔子が曰われるには、「善人は美しい天分を持っているから、聖賢の道に従って踏み行わないけれども、自然に道理にかなって悪事をしない。けれども、まだ学んでいないから美しい天分はあっても聖賢の道の奥義に達していないのである。」

宇野哲人『論語』講談社学術文庫

 夫子の考えでは、すでに道がいかなるものかは聖王の事蹟で明らかであって、あとはそれを実行するだけである、と学問はシンプルです。もちろん、聖王の事蹟を知るために学問をしなければなりませんが、その是非を論じる必要は全くない、迷わずいけよ、行けば分かるさ、の世界観なのでしょうね。


十二月二十日

完全な祝福は、これらの大昔の言葉に従ってどこまでも善い行いをした結果としてのみ与えられる。つまり、それらの神の言葉を実行することが福音なのである。すでに実に多くの人びとが、それを実行しようとした時、それ以前よりも幸福な生活に入ることができた。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第一部 岩波文庫
眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)



君子者か。色荘なる者か

 先進第十一(254~278)

273 子曰。論篤是与。君子者乎。色荘者与。

(訓)子曰く、論の篤きに是れ与す、とあり。君子者か。色荘なる者か。

(新)子曰く、議論の篤実な方に是れ与す、という古語がある。その議論の篤実なものとは、教養ある君子のことだろうか、それともうわべだけ堂々たる人間のことだろうか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 もちろん、昼寝する人への当てつけですけどね。


 加地先生は疑問をもたれる者を、議論を聞いた側とします。

その人の)いけんがりっぱだからというだけで、その人物を信用するならば、本物の教養人なのかな。見かけだけの者かな。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 ろくでもない人間でも、口先だけのいいことくらい言うことができます。だから、よくその人となりを判断しなければならない。もしも、うわべだけの言葉に踊らされるのであれば、無能の烙印を押されるのはあなたなのですよ、と。