蜀犬 日に吠ゆ

2009-12-24

[][]河田清史『ラーマーヤナ』下 レグルス文庫 第三文明社(その2) 21:39 はてなブックマーク - 河田清史『ラーマーヤナ』下 レグルス文庫 第三文明社(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

  • 六の巻
    • 猿の大群
      • キシキンダーの猿王スグリーバはインド最南端カンヤ・クマリ(いまのコモリン岬)への進軍を宣言する。
      • 最南端のコモリン岬の先は、インド洋。そこを飛んで渡ることができる猿は二、三人しかいない。ラーマはランカへ橋を架けることを決める。
      • 知恵ある熊猿ジャンバーンは橋を架けるには十年かかる、それでは士気がもたないと反論する。
      • ラーマは二年で橋を架ける作戦があるとみなを説得する。
        • 時の流れが悠久すぎます。シータがさらわれてからどのくらいの年月が流れたのか分かりませんが、さらに二年とは。しかも、ラーマはさらに城の包囲戦が十年かかると予測。
      • ラーマは祈りの力ですべての四足動物と鳥、太陽、月、四季の季節を味方につけて、橋を架ける。
    • ランカの包囲
      • ハニュマーンは軍使としてラーバナの宮廷に行き、シータ返還を要求する。
      • 天人である弟ビビシャナはラーバナに要求受け入れを提案する。ラーバナは怒ってビビシャナをあしげにしたので、ビビシャナはひとりラーマ陣営に降伏する。
    • 強敵インドラジッド
      • ラーバナの子インドラジッとは、夜のうちに森の動物を生贄にして魔法の祈りを行い、朝になると雲の中にかくれて地上のラーマ軍に矢をいかける。
        • 「たちまちとげをつけた毒蛇のような矢が、猿軍のうえにおちてきて、猿はばたばたたおれました。」
          • 「インドラジットの矢」? えーと、大佐の台詞は……
            • 「旧約聖書にもある、ソドムとゴモラを亡ぼした天の火だよ……。ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えているがね。全世界は再び、ラピュタの下にひれ伏すことになるだろう……」ちがった。
      • ラクシマナは「魔法破りの矢」を雲の中に放つも、雲が消えただけでふたたび湧き上がる「雲のなかから毒のついた矢が雨あられとふってきました。猿軍はばたばたとたおれます。」
      • ラクシマナの報告にビビシャナがそれは「ニクムビラの魔法」であると気づきます。ニクムビラの魔法は、インドラジットが神がみと戦ったときにも使われた魔法で、「神がみの大将のインドラの神とたたかい、うちまかしてしまったのです。それからは、かれのことをインドラを征服したもの、つまりインドラジットとよぶようになりました」
      • インドラジットの魔法は夜になると使えなくなり、また三日間しか効果がない。ラーマ軍は一度退却することにする。
      • しかし、軍を引き上げる前に、「目には見えぬ死の矢」がラクシマナを突きたおす。
      • ラーマは怒りにもえ、三本の矢で応戦する。最初の矢はインドラジットの雲に火をつけ、二番目は蛇のように空をまわり、あたらしく雲ができかかるとそれを消し去る。三本目の矢で天と地の間に夜空がひろがり、インドラジットは退散する。
      • 知恵の神の化身、熊猿ジャンバーンはラクシマナを診察し、ヒマラヤ山のガンダーマダン(いまのエベレスト山)の峰から白百合の草を取って汁をからだにぬることができたら助かる、という。期限は明朝まで。ハニュマーンがヒマラヤ山に飛ぶ。
      • 白百合を手に入れたハニュマーンは帰り道、水平線のはてにのぼってくる太陽を小脇に抑え込んでラーマの元に戻る。ハニュマーンが太陽を抑えているうちに、ラーマがラクシマナを蘇生させる。

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下巻その1

上巻の感想

上巻その1

上巻その2

上巻その3

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[][]草食とか~~夏目漱石『彼岸過迄』新潮文庫 20:41 はてなブックマーク - 草食とか~~夏目漱石『彼岸過迄』新潮文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 草食男子がどーのこーのと言っている人がいて、「最近の若い者は」的ないつものくり返しだろうと思ったのですが、出典も無しに言うのもなんなので、確か結婚も就職もするつもりがない主人公の話があったな。と本棚を探るも当然無いのでまた入手しなおし。

彼岸過迄 (新潮文庫)

彼岸過迄 (新潮文庫)

 かかる開化の影響を受ける吾等は、上滑りにならなければ必ず神経衰弱に陥いるに極っているという理由を、臆面なく聴衆の前に曝露した。そうして物の真相は知らぬ内こそ知りたいものだがいざ知ったとなると、却って知らぬが仏で済ましていた昔が羨ましくって、今の自分を後悔する場合も少なくはない、私の結論なども或はそれに似たものかも知れません

夏目漱石『彼岸過迄』新潮文庫 p285

 そうしたら、主人公は私の思っていた無職の男ではなかったので、またしても衝撃。どうも、私が昔読んだ本の内容はほぼ忘れられ、忘れるだけならまだしも出鱈目に塗り替えられている様子。

  • 彼岸過迄に就て p5-
    • 「彼岸過迄」というのは元日から始めて、彼岸過迄書く予定だから単にそう名づけたまでに過ぎない実は空しい標題(みだし)である。
  • 風呂の後 p9-
    • 主人公である敬太郎は大学卒業後の就職活動中。ある日風呂屋で同じ下宿の森本に会う。森本は海外を含めあちこちで冒険稼業をした男で、嘘とも本当ともつかない怪奇譚を語る。
    • 森本はある日行方不明となる。のちに大連から手紙が届き、敬太郎は蛇頭の洋杖をもらいうける。
  • 停留所 p38-
    • 敬太郎は友人の須永に頼んで叔父の田口に紹介してもらう。須永の家を訪ねるときに、若い女性の後ろ姿を見る。
    • 敬太郎は紹介状をもって内幸町の田口をおとなうが、二度、就職の話ができずに終わる。
    • そのついでに須永の家に寄った敬太郎は、須永が留守なので、帰るまでその母と話す。
    • 就職のあてがなくなった敬太郎は占い師に相談する。なんだかよく分からない事を言われる。
    • 田口にあって、就職の斡旋を頼む。
    • 田口からの書状で探偵を依頼される。敬太郎は占い師の言葉は洋杖のことと見抜き、それを持って出掛ける。
    • 停留所から探偵する。レストランに行き、停留所に戻り、見失う。
  • 報告 p126-
    • 田口に探偵医の様子を報告する。田口から松本への紹介状をもらう。
    • 矢来の松本宅に行くが、雨の日だったので面会を断られる。
    • 晴れた日に高等遊民松本に会う。松本、須永、田口の関係と、田口の娘の話を聞く。
  • 雨の降る日 p163-
    • 敬太郎は就職後も田口の家に何度か来ることになり、二人の娘、千代子と百代子と知り合う。
    • 須永の家で、千代子から、松本の末娘宵子が二歳で死んだ話を聞く。
  • 須永の話 p184-
    • 須永が就職しない話、仲の良い千代子と結婚しない話を聞く。須永の母は須永と千代子の結婚を望んでいる。
    • 夏、鎌倉で、千代子と高木との姿を見た話と、そのあと千代子と言い争いになった話を聞く。
  • 松本の話 p274-
    • 松本は須永に実の母の話をする。
    • 須永が関西から山陽に旅をする。
  • 結末 p305-


[][][][]先進第十一を読む(その18) 19:42 はてなブックマーク - 先進第十一を読む(その18) - 蜀犬 日に吠ゆ

聞けば斯にこれを行う

 先進第十一(254~278)

274 子路問聞斯行諸。子曰。有父兄在。如之何其聞斯行之。冉有問聞斯行諸。子曰。聞斯行之。公西華曰。由也問聞斯行諸。子曰。有父兄在。求也問聞斯行諸。子曰。聞斯行之。赤也惑。敢問。子曰。求也退。故進之。由也兼人。故退之。

(訓)子路、聞けば斯(ここ)にこれを行う、(の語を)問う。子曰く、父兄の在(いま)すあり、これを如何ぞ其れ、聞いて斯にこれを行わんや。冉有、聞けば斯にこれを行う、を問う。子曰く、聞いて斯にこれを行うなり。公西華曰く、由や、聞けば斯にこれを行う、を問いしに、子曰く、父兄の在すあり、と。求や、聞けば斯にこれを行う、を問いしに、子曰く、聞いて斯にこれを行うなり、と。赤や惑う。敢えて問う。子曰く、求や退く。故にこれを進む。由や人を兼ぬ。故にこれを退く。

(新)子路が尋ねた。聞けば斯にこれを行う、という言葉がありますが、どういう意味を含んでいるのでしょうか。子曰く、父兄の存命中には、聞けばすぐにこれを行う、ということはあり得ないはずだ。冉有が尋ねた。聞けば斯にこれを行う、という言葉がありますが、どういう意味を含んでいるのでしょうか。子曰く、文字どおり、聞けばすぐにこれを行う、ことが大事だ。今度は公西華が尋ねた。由が、聞けば斯にこれを行う、の意味を尋ねた時に先生は、父兄が存命中のことを考えろ、と言われました。次に求が、聞けば斯にこれを行う、の意味を尋ねたときに先生は、聞けばすぐにこれを行え、と教えられました。赤は合点がまいりませんので、重ねてお尋ねしたいと思います。子曰く、求は引込み思案だ。だから元気をつけた。由は押しが強い。だからたしなめておいた。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 目ざすべきは中庸

 「聞斯行諸」、この四字の読み方は二つある。斯は此と同じであり、聞という動詞の目的語であるとして、斯れを聞けば諸(こ)れを行わんか、と読むのは皇侃であり、斯は則と同じであり、前提から結果への推移をあらわす助詞として、聞けば斯(すなわ)ち諸(こ)れを行わんか、と読むのは、邢昺その他である。後説の方がまさり、また普通の読み方でもある。いずれにしても、四字目の諸の字は、れいの如く、之乎の二字のつまったものとされる。つまり、聞斯行諸とは、聞ケバ則チ行ワン之レヲ乎、ということになる。なおこの場合、斯の字は則と大体同じであるけれども、前提から結果への推移が、則の字よりも、速度をもって、ひびく。聞則ならば、ただ、聞けば、であるが、聞斯ならば、聞けばすぐという気もちになる。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 では何を聞き、何を行うのか。新注は、何かを聞けば、すぐそれを実行してよろしいか、と問うたのだと、解する。為政第二「義を見て為さざるは勇無きなり」が、その根拠となっているであろう。一方、古注に引く包咸は、災害の発生を聞いたならば、すぐ義捐金を出してよろしいか、とたずねたのだと解する。古い説ではあるけれども、必ず原義であるとはいえまい。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 ということで、この言葉自体はいいのですが、だからといって、なんでもかんでも「やらずに悔やむより、やって悔やめ」精神では困ります。パグウォッシュ会議とか、やらかす前になんとかならなかったのでしょうか。

 ので、この章句の本題は教育者としての夫子。

 教条主義は、ただ一つの倫理を、相手かまわずに、押しつける。孔子はそうでなく、それぞれの相手の、性格なり環境を、よく考えて、それぞれに適切な教えを与えた。つまり人を見て法を説いた。そのことは、「論語」のあちこちに見えるが、この条は、もっとも明瞭である。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書