蜀犬 日に吠ゆ

2009-12-24

[][][][]先進第十一を読む(その18) 19:42 はてなブックマーク - 先進第十一を読む(その18) - 蜀犬 日に吠ゆ

聞けば斯にこれを行う

 先進第十一(254~278)

274 子路問聞斯行諸。子曰。有父兄在。如之何其聞斯行之。冉有問聞斯行諸。子曰。聞斯行之。公西華曰。由也問聞斯行諸。子曰。有父兄在。求也問聞斯行諸。子曰。聞斯行之。赤也惑。敢問。子曰。求也退。故進之。由也兼人。故退之。

(訓)子路、聞けば斯(ここ)にこれを行う、(の語を)問う。子曰く、父兄の在(いま)すあり、これを如何ぞ其れ、聞いて斯にこれを行わんや。冉有、聞けば斯にこれを行う、を問う。子曰く、聞いて斯にこれを行うなり。公西華曰く、由や、聞けば斯にこれを行う、を問いしに、子曰く、父兄の在すあり、と。求や、聞けば斯にこれを行う、を問いしに、子曰く、聞いて斯にこれを行うなり、と。赤や惑う。敢えて問う。子曰く、求や退く。故にこれを進む。由や人を兼ぬ。故にこれを退く。

(新)子路が尋ねた。聞けば斯にこれを行う、という言葉がありますが、どういう意味を含んでいるのでしょうか。子曰く、父兄の存命中には、聞けばすぐにこれを行う、ということはあり得ないはずだ。冉有が尋ねた。聞けば斯にこれを行う、という言葉がありますが、どういう意味を含んでいるのでしょうか。子曰く、文字どおり、聞けばすぐにこれを行う、ことが大事だ。今度は公西華が尋ねた。由が、聞けば斯にこれを行う、の意味を尋ねた時に先生は、父兄が存命中のことを考えろ、と言われました。次に求が、聞けば斯にこれを行う、の意味を尋ねたときに先生は、聞けばすぐにこれを行え、と教えられました。赤は合点がまいりませんので、重ねてお尋ねしたいと思います。子曰く、求は引込み思案だ。だから元気をつけた。由は押しが強い。だからたしなめておいた。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 目ざすべきは中庸

 「聞斯行諸」、この四字の読み方は二つある。斯は此と同じであり、聞という動詞の目的語であるとして、斯れを聞けば諸(こ)れを行わんか、と読むのは皇侃であり、斯は則と同じであり、前提から結果への推移をあらわす助詞として、聞けば斯(すなわ)ち諸(こ)れを行わんか、と読むのは、邢昺その他である。後説の方がまさり、また普通の読み方でもある。いずれにしても、四字目の諸の字は、れいの如く、之乎の二字のつまったものとされる。つまり、聞斯行諸とは、聞ケバ則チ行ワン之レヲ乎、ということになる。なおこの場合、斯の字は則と大体同じであるけれども、前提から結果への推移が、則の字よりも、速度をもって、ひびく。聞則ならば、ただ、聞けば、であるが、聞斯ならば、聞けばすぐという気もちになる。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 では何を聞き、何を行うのか。新注は、何かを聞けば、すぐそれを実行してよろしいか、と問うたのだと、解する。為政第二「義を見て為さざるは勇無きなり」が、その根拠となっているであろう。一方、古注に引く包咸は、災害の発生を聞いたならば、すぐ義捐金を出してよろしいか、とたずねたのだと解する。古い説ではあるけれども、必ず原義であるとはいえまい。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 ということで、この言葉自体はいいのですが、だからといって、なんでもかんでも「やらずに悔やむより、やって悔やめ」精神では困ります。パグウォッシュ会議とか、やらかす前になんとかならなかったのでしょうか。

 ので、この章句の本題は教育者としての夫子。

 教条主義は、ただ一つの倫理を、相手かまわずに、押しつける。孔子はそうでなく、それぞれの相手の、性格なり環境を、よく考えて、それぞれに適切な教えを与えた。つまり人を見て法を説いた。そのことは、「論語」のあちこちに見えるが、この条は、もっとも明瞭である。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書