蜀犬 日に吠ゆ

2010-01-30

[][][][]子路第十三を読む(その11) 19:52 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その11) - 蜀犬 日に吠ゆ

其れ事ならん

 子路第十三(303~332)

316 冉子退朝。子曰。何晏也。対曰。有政。子曰。其事也。如有政。雖不吾以。吾其与聞之。

(訓)冉子、朝より退く。子曰く、何ぞ晏(おそ)きや。対えて曰く、政ありき。子曰く、其れ事ならん。如し政あらば、吾を以てせずと雖も、吾其れこれに与り聞かん。

(新)冉子が役所から帰ってきた。子曰く、何故こんなに晏くなりましたか。対えて曰く、政治があったものですから。子曰く、恐らく季氏一家の事務のことでしょう。如し本当に魯国の政治であったなら、皆の方で私を無視しようとも、私の方では是非それに参与におしかける義務があるのです。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-29

[][]村上春樹 柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文春新書 19:44 はてなブックマーク - 村上春樹 柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文春新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

 今週の初めから、ホールデンのことを考えていました。

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[][][]蛇の章を読む(その22) 20:48 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その22) - 蜀犬 日に吠ゆ

破滅への門は何ですか?


 前回の、神の質問から

一〇七 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第八の破滅です。先生! 第九のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

第一 蛇の章

六、破滅

一〇八 「おのが妻に満足せず、遊女に交わり、他人の妻に交わる、――これは破滅への門である。」

一〇九 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第九の破滅です。先生! 第十のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

一一〇 「青春を過ぎた男が、ティンバル果のように盛り上った乳房のある若い女を誘(ひ)き入れて、かの女についての嫉妬から夜も眠られない、これは破滅への門である。」

一一一 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第十の破滅です。先生! 第十一のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

一一二 「酒肉に荒み、財を浪費する女、またはこのような男に、実験を託すならば、これは破滅への門である。」

一一三 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第十一の破滅です。先生! 第十二のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

一一四 「クシャトリヤ(王族)の家に生まれた人が、財力が少ないのに欲望が大きくて、

  この世で王位を獲(え)ようと欲するならば、

  これは破滅への門である。

一一五 世の中にはこのような破滅のあることを考察して、

  賢者・すぐれた人は真理を見て、

  幸せな世界を体得する。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その10) 20:02 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

苟くも其の身を正しくせば

 子路第十三(303~332)

315 子曰。苟正其身矣。於従政乎何有。不能正其身。如正人政何。

(訓)子曰く、苟くも其の身を正しくせば、政に従うに於て何か有らん。其の身を正しくする能わずんば、何如ぞ人を正さん。政を如何せん。

(新)子曰く、もし自身の行いを正しくすることができれば、政治に従事することなど何でもない。もし自身の行いを正しくすることができねば、政治どころの話ではない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 だそうです。また「修身」の話ですね。其の身正しければで出たばかりの話題ですが、こうやって繰り返されるということは、重要であることのあらわれでしょう。孔子も表現を工夫しながら、同じことを繰り返しているわけです。

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2010-01-28

[][]ああ、またこのパターン~~隆慶一郎『見知らぬ海へ』講談社文庫 19:53 はてなブックマーク - ああ、またこのパターン~~隆慶一郎『見知らぬ海へ』講談社文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

見知らぬ海へ (講談社文庫)

見知らぬ海へ (講談社文庫)

 またですか。

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[][][]蛇の章を読む(その21) 19:53 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その21) - 蜀犬 日に吠ゆ

破滅への門は何ですか?


 前回の、神の質問から

九三 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第一の破滅です。先生! 第二のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

第一 蛇の章

六、破滅

九四 「悪い人々を愛し、善い人々を愛することなく悪人のならいを楽しむ。これは破滅への門である。」

九五 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第二の破滅です。先生! 第三のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

九六 「睡眠の癖(くせ)あり、集会の癖あり、奮励することなく、怠りなまけ、怒りっぽいので名だたる人がいる、――これは破滅への門である。」

九七 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第三の破滅です。先生! 第四のものを説いてください。破滅への門は何ですか?

九八 「みずからは豊かで楽に暮しているのに、年老いて衰えた母や父を養わない人がいる、――これは破滅への門である。」

九九 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第四の破滅です。先生! 第五のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

一〇〇 「バラモンまたは(道の人)または他の(もの乞う人)を、嘘をついてだますならば、これは破滅への門である。」

一〇一 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第五の破滅です。先生! 第六のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

一〇二 「おびただしい富があり、黄金あり、食物ある人が、ひとりおいしいものを食べるならば、これは破滅への門である。」

一〇三 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第六の破滅です。先生! 第七のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

一〇四 「血統を誇り、財産を誇り、また氏姓を誇っていて、しかも己(おの)が親戚を軽蔑する人がいる、――これは破滅への門である。」

一〇五 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第七の破滅です。先生! 第八のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

一〇六 「女に溺れ、酒にひたり、賭博に耽り、得るにしたがって得たものをその度ごとに失う人がいる、――これは破滅への門である。」

一〇七 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第八の破滅です。先生! 第九のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その9) 19:53 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

期月のみにして可ならん

 子路第十三(303~332)

312 子曰。苟有用我者。期月而已可也。三年有成。

(訓)子曰く、苟しくも我を用いる者あらば、期月のみにして可ならん。三年にして成るあらん。

(新)子曰く、仮に私に政治を任す人があったら、一年でも、それだけの効果があがろう。三年にもなれば、ひと仕事、完成できよう。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-27

[][]柴田宵曲『蕉門の人々』岩波文庫 21:57 はてなブックマーク - 柴田宵曲『蕉門の人々』岩波文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

俳諧随筆蕉門の人々 (岩波文庫 緑 106-2)

俳諧随筆蕉門の人々 (岩波文庫 緑 106-2)

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[][]村上春樹 柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文春新書 21:15 はてなブックマーク - 村上春樹 柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文春新書 - 蜀犬 日に吠ゆ

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

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[][][]蛇の章を読む(その20) 21:06 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その20) - 蜀犬 日に吠ゆ

破滅への門は何ですか?

第一 蛇の章

六、破滅

 わたくしが聞いたところによると、――あるとき師(ブッダ)は、サーヴァッティーのジェータ林、(孤独なる人々に食を給する長者)の園におられた。そのとき一人の容色麗しい神が、夜半を過ぎたころ、ジェータ林を隈なく照らして、師(ブッダ)のもとに近づいた。近づいてから師に敬礼して傍らに立った。そうしてその神は師に詩を以て呼びかけた。

九一 「われらは、(破滅する人)のことをゴータマ(ブッダ)におたずねします。破滅への門は何ですか? 師にそれを聞こうとしてわれらはここに来たのですが、――。」

九二 (師は答えた)「栄える人を識別することは易く、破滅を識別することも易い。理法を愛する人は栄え、理法を嫌う人は敗れる。」

九三 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第一の破滅です。先生! 第二のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その8) 20:29 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ

曰く、既に富めば、又何をか加えん

 子路第十三(303~332)

311 子適衛。冉有僕。子曰。庶矣哉。冉有曰。既庶矣。又何加焉。曰。富之。曰既富矣。又何加焉。曰。教之。

(訓)子、衛に適(ゆ)く。冉有、僕たり。子曰く、庶(おお)いかな。冉有曰く、既に庶し。又何をか加えん。曰く、これを富まさん。曰く、既に富めば、又何をか加えん。曰く、これに教えん。

(新)孔子が衛に行った。冉有が御者となって車を走らせた。子曰く、大勢の人だな。冉有曰く、人が多くても、何か足りないものがありますか。曰く、生活を楽にしてやらねば。曰く、生活が楽になったとします。まだ足らぬものがありますか。曰く、教育することだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-26

[][][]諸星大二郎『闇の鶯』講談社 22:29 はてなブックマーク - 諸星大二郎『闇の鶯』講談社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 短編集。

闇の鶯 (KCデラックス)

闇の鶯 (KCデラックス)

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[][][]蛇の章を読む(その19) 22:29 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その19) - 蜀犬 日に吠ゆ

かれら(四種の修行者)はすべてこのとおりである

第一 蛇の章

五、チュンダ

八五 鍛冶工チュンダはいった、「目ざめた人々は誰を(道による勝者)と呼ばれるのですか? また(道を習い覚える人)はどうして無比なのですか? またおたずねしますが、(道によって生きる)ということを説いてください。また(道を汚す物)をわたくしに解き明かしてください。」

八六 「疑いを超え、苦悩を離れ、安らぎ(ニルヴァーナ)を楽しみ、貪る執念をもたず、神々と世間とを導く人、――そのような人を(道による勝者)であると目ざめた人々は説く。

八七 この世で最高のものを最高のものであると知り、ここで法を説き判別する人、疑いを絶ち欲念に動かされない聖者を、修行者たちのうちで第二の(道を説く者)と呼ぶ。

八八 みごとに説かれた(理法にかなったことば)である(道)に生き、みずから制し、落ち着いて気をつけていて、とがのないことばを奉じている人を、修行者たちのうちで第三の(道によって生きる者)と呼ぶ。

八九 善く誓警を守っているふりをして、ずうずうしくて、家門を汚し、傲慢で、いつわりをたくらみ、自制心なく、おしゃべりで、しかも、まじめそうにふるまう者、――かれは(道を汚す者)である。

九〇 (彼らの特徴を)聞いて、明らかに見抜いて知った在家の立派な信徒は、『かれら(四種の修行者)はすべてこのとおりである』と知って、かれらを洞察し、このように見ても、その信徒の信仰はなくならない。かれはどうして、汚れた者と汚れていない者と、清らかな者と清らかでない者とを同一視してよいであろうか。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その7) 20:41 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

善く室に居る

 子路第十三(303~332)

310 子謂公子荊。善居室。始有曰。苟合矣。少有曰。苟完矣。富有曰。苟美矣。

(訓)子、衛の公子荊(けい)を謂う、善く室に居る、と。始めて有るや曰く、苟くも合せり、と。少しく有れば曰く、苟くも完し、と。富有なれば曰く、苟くも美なり、と。

(新)公子が衛の公子荊を、家庭に安住しておれる人だと評した。初めて家を持った時に曰く、何とか間にあっています。少し豊かになった時に曰く、何とか揃ってきました。大いに富裕になった時に曰く、何とか恥ずかしくない程度になりました。(そして何時も満足していた。)

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-25

[][][]みなもと太郎『風雲児たち 幕末編』16巻 リイド社 21:20 はてなブックマーク - みなもと太郎『風雲児たち 幕末編』16巻 リイド社 - 蜀犬 日に吠ゆ

風雲児たち 幕末編 16 (SPコミックス)

風雲児たち 幕末編 16 (SPコミックス)

 あり? 15巻の感想がない…… 買い逃したのかなあ。読んだ記憶もありませんしね。

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[][][][]子路第十三を読む(その6) 21:10 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

其の身正しければ

 子路第十三(303~332)

309 子曰。其身正。不令而行。其身不正。雖令不従。 

(訓)子曰く、其の身正しければ、令せずして行わる。其の身正からざれば、令すと雖も従われず。

(新)子曰く、為政者は、その身の行いを正しくすれば、命令を下さないでも自然に政治が行われる。その身の行いが正しくなければ、命令を下しても人はついてこない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-24

[][]ただ狂へ~~『歌謡Ⅱ 閑吟集』観賞日本古典文学 角川書店 21:03 はてなブックマーク - ただ狂へ~~『歌謡Ⅱ 閑吟集』観賞日本古典文学 角川書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

小 何せうぞ くすんで

  一期は夢よ ただ狂へ(五五)

新間進一 志田延義編『歌謡Ⅱ 梁塵秘抄 閑吟集 他』観賞日本古典文学15 角川書店

 冒頭の「小」は小歌であることの記号。仏教の無常観を、日本人が半端に解釈するとこうなります。角川のこのシリーズは抄録、ではなく本文をおろ抜いて編者の解説が中心の「読み物」なのですが、逆にテーマ毎になっていますので、読むのに便利。以下記号を省略して無常の小歌を列挙。

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[][][]蛇の章を読む(その18) 19:37 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その18) - 蜀犬 日に吠ゆ

四種の修行者

第一 蛇の章

五、チュンダ

八三 鍛冶工の子チュンダがいった、「偉大な智慧ある聖者・目ざめた人・真理の主・妄執を離れた人・人類の最上者・優れた御者に、わたくしはおたずねします。――世間にはどれだけの修行者がいますか? どうぞお説きください。」

八四 師(ブッダ)は答えた、「チュンダよ。四種の修行者があり、第五の者はありません。面と向って問われたのだから、それらをあなたに明かしましょう。――(道による勝者)と(道を説く者)と(道において生活する者)と及び(道を汚す者)とです。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その5) 19:37 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

詩三百を誦す

 子路第十三(303~332)

307 子曰。誦 詩三百。授之以政不達。使於四方。不能専対。雖多亦奚以為。

(訓)子曰く、詩三百を誦す。これに授くるに政を以てして達せず。四方に使いして専対する能わずんば、多しと雖も亦奚(なに)を以て為さん。

(新)子曰く、詩経の三百篇をまるまる暗誦する勉強をした。さてこの人に政治を任せたが運営できない。外国へ使者に出されたが、自己の決断力で交渉を纏めることができない、としたならば、長い間の詩経の勉強はいったい何の役に立つのか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-23

[][][]ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その6) 20:05 はてなブックマーク - ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

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[][][]蛇の章を読む(その17) 20:05 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その17) - 蜀犬 日に吠ゆ

再びこのような生存を受けることはない

第一 蛇の章

四、田を耕すパーラドヴァージ

 「では、ゴータマ(ブッダ)さま、この乳粥をわたしは誰にあげましょうか?」

 「バラモンよ。実に神々・悪魔・梵天とともなる世界において、神々・人間・道の人・バラモンを含む生きものの中で、全き人(如来)とかれの弟子とを除いては、この乳粥を食べてすっかり消化しうる人を見ない。だから、バラモンよ、その乳粥を青草の少ないところに棄てよ、或いは生物(いきもの)のいない水の中に沈めよ。」

 そこで田を耕すバラモン・バーラドヴァージャはその乳粥を生物のいない水の中に沈めた。さてその乳粥は、水の中に投げ棄てられると、チッチタ、チッチタと音を立てて、大いに湯煙りを立てた。譬えば終日日に曝されて熟せられた鋤先を水の中に入れると、チッチタ、チッチタと音を立て、大いに湯煙りを出すように、その乳粥は、水の中に投げ棄てられると、チッチタ、チッチタと音を立てて、大いに湯煙りを出した。

 そのとき田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは恐れおののいて、身の毛がよだち、師(ブッダ)のもとに近づいた。そうして師の両足に頭を伏せて、礼拝してから、師にいった、――「すばらしいことです、ゴータマさま。すばらしいことです、ゴータマさま。譬えば倒れた者を起すように、覆われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、あるいは『眼ある人々は色やかたちを見るであろう』といって暗闇の中で灯火をかかげるように、ゴータマさまは種々のしかたで真理を明らかにされました。故にわたくしはここにゴータマさまに帰依します。また真理と修行僧のつどいに帰依します。わたくしはゴータマさまのもとで出家し、完全な戒律(具足戒)を受けましょう。」

 そこで田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは、師(ブッダ)のもとで出家し、完全な戒律を受けた。それからまもなく、このバーラドヴァージャさんは独りで他の人々から遠ざかり、怠ることなく精励し専心していたが、まもなく、無上の清らかな行いの究極――諸々の立派な人たち(善男子)はそれを得るために正しく家を出て家なき状態に赴いたのであるが――を現世においてみずからさとり、証し、具現して、日を送った。「生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえた。もはや再びこのような生存を受けることはない。」

 とさとった。そうしてバーラドヴァージャさんは聖者の一人となった。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その4) 19:37 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

吾れは老農に如かず

 子路第十三(303~332)

306 樊遅請学稼。子曰。吾不如老農。請学為圃。曰。吾不如老圃。樊遅出。子曰。小人哉。樊須也。上好礼。則民莫敢不敬。上好義。則民莫敢不服。上好信。則民莫敢不用情。夫如是。則四方之民。襁負其子而至矣。焉用稼。

(訓)樊遅、稼(か)を学ばんと請う。子曰く、吾れは老農に如かず。圃を為(つく)るを学ばんと請う。曰く、吾れは老圃に如かず。樊遅出づ。子曰く、小人なるかな、樊須や。上、礼を好めば、民敢えて敬せざるなし。上、義を好めば、民敢えて服せざるなし。上、信を好めば、民敢えて情を用いざるなし。夫れ是の如くんば、四方の民、その子を襁負(きょうふ)して至らん。焉んぞ稼を用いん。

(新)樊遅が田作りを教わりたいと願った。子曰く、私よりも専門の百姓に聞くがよい。次に野菜作りを教わりたいと願った。子曰く、専門の園芸家に聞くがよい。樊遅が退出したあと、子曰く、樊須という男は目の付け所が小さい。為政者が自身礼儀正しくすれば、人民は自然にそれを尊敬するようになる。為政者が正義に外れなければ、人民は自然に信服するようになる。為政者が公約に忠実ならば、人民も自然に真心で答えるようになる。これらの事が出来たなら、四方の外国の人民までが、子供を背負い、夜逃げしてでも移住してくるだろう。為政者が自ら農業に従事するなど何処に必要があろう。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-22

[][][]ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その5) 20:23 はてなブックマーク - ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

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[][][]蛇の章を読む(その16) 20:23 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その16) - 蜀犬 日に吠ゆ

ゴータマさまは乳粥をめしあがれ

第一 蛇の章

四、田を耕すパーラドヴァージャ

 そのとき田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは、大きな青銅の鉢に乳粥を盛って、師(ブッダ)にささげた。――「ゴータマさまは乳粥をめしあがれ。あなたは耕作者です。ゴータマさまは甘露の果実(みのり)をもたらす耕作をなさるのですから。」


八一 詩を唱えて(報酬として)得たものを、わたくしは食うてはならない。バラモンよ、このことは正しく見る人々(目ざめた人々)のならわしではない。詩を唱えて得たものを、目ざめた人々(諸のブッダ)は斥(しりぞ)ける。バラモンよ、定めが存するのであるから、これが(目ざめた人々の)生活法なのである。

八二 全き人である大仙人、煩悩の汚れをほろぼし尽し悪い行いを消滅した人に対しては、他の飲食をささげよ。けだしそれは功徳を積もうと望む者のための(福)田であるからである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その3) 19:57 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

必ずや名を正さんか

 子路第十三(303~332)

305 子路曰。衛君待子而為政。子将奚先。子曰。必也正名乎。子路曰。有是哉。子之迂也。奚其正。子曰。野哉。由也。君子於其所不知。蓋闕如也。名不正。則言不順。言不順。則事不成。事不成。則礼楽不興。礼楽不興。則刑罰不中。刑罰不中。則民無所措手足。故君子名之必可言也。君子於其言。無所苟而已矣。

(訓)子路曰く、衛君、子を待ちて政を為さば、子は将に奚れをか先にせんとする。子曰く、必ずや名を正さんか。子路曰く、是あるかな、子の迂なるや。奚んぞ其れ正さん。子曰く、野なるかな、由や。君子はその知らざる所において、蓋し闕如たり。名正しからざれば、言うこと順ならず。言うこと順ならざれば、事成らず。事成らざれば、礼楽興らず。礼楽興らざれば、刑罰中(あた)らず。刑罰中らざれば、民手足を措くところなし。故に君子はこれを名すれば、必ず言うべきなり。これを言えば必ず行うべきなり。君子はその言において、苟くもするところなきのみ。

(新)子路曰く、もし衛君が先生に頼んで政治を任されたら、先生は何から着手されますか。子曰く、何をおいてもスローガンを正しくしなければならぬ。子路曰く、いやはや先生のいつもの世間知らずには恐れ入った。どうしてそんなことが直ぐできるものですか。子曰く、粗忽者の由に恐れ入るのは此方だな。自分の知らないことは、知らないこととして口出ししないものだ。スローガンが正しくなっていなければ、政策に筋道が通らぬ。政策の筋道が通らなければ、政権が安定しない。政権が安定しなければ、教育が進まない。教育が進まなければ、裁判が間違う。裁判が間違ってきたなら、人民は手足を動かすことにも不安がつきまとうことになる。だから良い政治には、スローガンが必要で、スローガンに従って政策が立てられ、政策が立てられたら、必ずそれが実行されなければならぬ。但しその政策はあくまで慎重に議論された上に立てられることが必要だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-21

[][][]ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その4) 21:17 はてなブックマーク - ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

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[][][]蛇の章を読む(その15) 19:30 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その15) - 蜀犬 日に吠ゆ

耕して種を播く

第一 蛇の章

四、田を耕すパーラドヴァージャ

 わたくしが聞いたところによると、――あるとき尊き師(ブッダ)はマガダ国の南山にある「一つの茅」というバラモン村におられた。そのとき田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは、種子(たね)を播く時に五百挺の鋤を牛に結びつけた。

 そのとき師(ブッダ)は朝早く内衣を着け、鉢と上衣をたずさえて、田を耕すバラモン・バーラドヴァージャが仕事をしているところへ赴かれた。ところでそのときに田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは食物を配給していた。

 そこで師は食物を配給しているところに近づいて、傍らに立たれた。田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは、師が食を受けるために立っているのを見た。そこで師に告げていった、「道の人よ。わたしは耕して種を播く。耕して種を播いたあとで食う。あなたもまた耕せ、また種を播け。耕して種を播いたあとで食え」と。

 (師は答えた)、「バラモンよ、わたくしもまた耕して種を播く。耕して種を播いてから食う」と。

 (バラモンがいった)、「しかしわれらは、ゴータマさん(ブッダ)の軛も鋤も鋤先も突棒も牛も見ない。それなのにゴータマさんは『バラモンよ。わたしもまた耕して種を播く。耕して種を播いてから食う』という」と。

 そこで田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは詩を以て師に呼びかけた。


七六 「あなたは農夫であるとみずから称しておられますが、われらはあなたが耕作するのを見たことがない。おたずねします、――あなたが耕作するということを、われらが了解し得るように話してください。」

七七 (師は答えた)、「わたしにとっては、信仰が種子(たね)である。苦行が雨である。智慧がわが軛と鋤とである。慚(はじること)が鋤棒である。心が縛る縄である。気を落ちつけることがわが鋤先と突棒とである。

七八 身をつつしみ、ことばをつつしみ、食物を節して過食しない。わたくしは真実をまもることを草刈りとしている。柔和がわたくしにとって(牛の)軛を離すことである。

七九 努力がわが(軛をかけた牛)であり、安穏の境地に運んでくれる。退くことなく進み、そこに至ったならば、憂えることがない。

八〇 この耕作はこのようになされ、甘露の果実(みのり)をもたらす。この耕作を行ったならば、あらゆる苦悩から解き放たれる。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その2) 19:30 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

小過を赦し、賢才を挙げよ

 子路第十三(303~332)

304 仲弓為季氏宰。問政。子曰。先有司。赦小過。挙賢才。曰。焉知賢才而挙之。曰。挙爾所知。爾所不知。人其舎諸。

(訓)仲弓、季氏の宰となり、政を問う。子曰く、有司を先にし先の有司は、小過を赦し、賢才を挙げよ。曰く、焉んぞ賢才を知りてこれを挙げん。曰く、爾の知るところを挙げよ。爾の知らざる所を、人其れこれを舎(お)かんや。

(新)仲弓が季氏の奉行となり、政治のやり方を尋ねた。子曰く、これまでいた役人は小さな過失があっても見逃してやり、新たに人才をどしどし登用するがよい。曰く、どんな方法で人才を見つけて登用しますか。曰く、先ずお前の見つけた人を登用することだ。そうすればお前の知らない人才は、黙っていても人が推薦してくれるようになる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-20

[][][]蛇の章を読む(その1421:12 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その14) - 蜀犬 日に吠ゆ


犀の角のようにただ独り歩め

第一 蛇の章

三、犀の角

七〇 妄執の消滅を求めて、怠らず、明敏であって、学ぶこと深く、こころをとどめ、理法を明らかに知り、自制し、努力して、犀の角のようにただ独り歩め。

七一 音声に驚かない獅子のように、網にとらえられない風のように、水に汚されない蓮のように、犀の角のようにただ独り歩め。

七二 歯牙強く獣どもの王である獅子が他の獣にうち勝ち制圧してふるまうように、辺境の坐臥に親しめ。犀の角のようにただ独り歩め。

七三 慈しみと平静とあわれみと解脱と喜びとを時に応じて修め、世間すべてに背くことなく、犀の角のようにただ独り歩め。

七四 貪欲と嫌悪と迷妄とを捨て、結び目を破り、命を失うのを恐れることなく、犀の角のようにただ独り歩め。

七五 今のひとびとは自分の利益のために交わりを結び、また他人に奉仕する。今日、利益を目ざさない友は、得がたい。自分の利益のみを知る人間は、きたならしい。犀の角のようにただ独り歩め。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]子路第十三を読む(その1) 20:53 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ


論語解題より

子路第十三

(解説)この篇はすべて三十章ある。前の十八章は多く政(まつりごと)を言い、十九章以後は多く学を言い、末の二章は政(まつりごと)をいう。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

これに先んじ、これを労う

 子路第十三(303~332)

303 子路問政。子曰。先之労之。請益。曰。無倦。

(訓)子路、政を問う。子曰く、これに先んじ、これを労(ねぎら)う。益を請う。曰く、倦むことなかれ。

(新)子路が政治のやり方を尋ねた。子曰く、部下に先立って働き、思いやりを示すことだ。子路曰く、ただそれだけですか。子曰く、ただそれだけのことを根気よくやればよい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-19

[]こいつは面白くなってきたわい~~『用心棒』東宝 20:42 はてなブックマーク - こいつは面白くなってきたわい~~『用心棒』東宝 - 蜀犬 日に吠ゆ

 まんが道(本当のタイトルは「愛しり」)で評判の『用心棒』見ました。

用心棒<普及版> [DVD]

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2010-01-18

[][][]ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その3) 21:35 はてなブックマーク - ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

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[][][]蛇の章を読む(その13) 21:13 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ


犀の角のようにただ独り歩め

第一 蛇の章

三、犀の角

六四 葉の落ちたパーリチャッタ樹のように、在家者の諸々のしるしを除き去って、出家して袈裟の衣をまとい、犀の角のようにただ独り歩め。

六五 諸々の味を貪ることなく、えり好みすることなく、他人を養うことなく、戸ごとに食を乞い、家々に心をつなぐことなく、犀の角のようにただ独り歩め。

六六 こころの五つの覆いを断ち切って、すべて付随して起る悪しき悩み(随煩悩)を除き去り、なにものかにたよることなく、愛念の過ちを断ち切って、犀の角のようにただ独り歩め。

六七 以前に経験した楽しみと苦しみとを擲ち、また快さと憂いとを擲って、清らかな平静と安らいとを得て、犀の角のようにただ独り歩め。

六八 最高の目的を達成するために努力策励し、こころが怯むことなく、行いに怠ることなく、堅固な活動をなし、体力と知力とを具え、犀の角のようにただ独り歩め。

六九 独坐と禅定を捨てることなく、諸々のことがらについて常に理法に従って行い、諸々の生存には患(うれ)いのあることを確かに知って、犀の角のようにただ独り歩め。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その17) 20:44 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その17) - 蜀犬 日に吠ゆ

忠告して善くこれを導く。可かざれば止む

 顔淵第十二(279~302)

301 子貢問友。子曰。忠告而善道之。不可則止。毋自辱焉。

(訓)子貢、友を問う。子曰く、忠告して善くこれを導く。可(き)かざれば止む。自ら辱められるるなかれ。

(新)子貢が友人と交際する道を尋ねた。子曰く、相手の為になるように教えて、善い方へ導いて行く。向うがそれを受けつけなければあきらめる。深入りしすぎると自ら恥辱を招く結果になる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-17

[][][]ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その2) 19:20 はてなブックマーク - ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

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[][][]蛇の章を読む(その12) 19:20 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ


犀の角のようにただ独り歩め

第一 蛇の章

三、犀の角

五七 義ならざるものを見て邪曲にとらわれている悪い朋友を避けよ。貪りに耽り怠っている人に、みずから親しむな。犀の角のようにただ独り歩め。

五八 学識ゆたかで真理をわきまえ、高邁・明敏な友と交われ。いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め。

五九 世の中の遊戯や娯楽や快楽に、満足を感ずることなく、心ひかれることなく、身の装飾を離れて、真実を語り、犀の角のようにただ独り歩め。

六〇 妻子も、父母も、財宝も穀物も、親族やそのほかあらゆる欲望までも、すべて捨てて、犀の角のようにただ独り歩め。

六一 「これは執著である。ここには楽しみは少く、快い味わいも少くて、苦しみが多い。これは魚を釣る釣り針である」と知って、賢者は、犀の角のようにただ独り歩め。

六二 水の中の魚が網を破るように、また火がすでに焼いたところに戻ってこないように、諸々の(煩悩の)結び目を破り去って、犀の角のようにただ独り歩め。

六三 俯して視、とめどなくうろつくことなく、諸々の感官を防いで守り、こころを護り(慎み)、(煩悩の)流れ出ることなく、(煩悩の火に)焼かれることもなく、犀の角のようにただ独り歩め。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その16) 17:26 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その16) - 蜀犬 日に吠ゆ

仁を問う。子曰く、人を愛す

 顔淵第十二(279~302)

300 樊遅問仁。子曰。愛人。問知。子曰。知人。樊遅未達。子曰。挙直錯諸枉。能使枉者直。樊遅退。見子夏曰。郷也吾見於夫子而問知。子曰。挙直錯諸枉。能使枉者直。何謂也。子夏曰。富哉言乎。舜有天下。選於衆。挙皐陶。不仁者遠矣。湯有天下。選於衆。挙伊尹。不仁者遠矣。

(訓)樊遅、仁を問う。子曰く、人を愛す。知を問う。子曰く、人を知る。樊遅未だ達せず。子曰く、直きを挙げてこれを枉(まが)れるに錯(お)き、能く枉れる者をして直からしむ。樊遅退く。子夏を見て曰く、郷(さき)にや吾れ夫子に見えて知を問うに、子曰く、直きを挙げてこれを枉れるに錯き、能く枉れる者をして直からしむ、と。何の謂いぞや。子夏曰く、富めるかな、言や。舜、天下を有(たも)ち、衆より選んで皐陶(こうよう)を挙げて、不仁者、遠ざかる。湯、天下を有ち、衆より選んで伊尹を挙げて、不仁者、遠ざかれり。

(新)樊遅が仁とは何かを尋ねた。子曰く、人を愛することだ。次に知とは何かを尋ねた。子曰く、人を知ることだ。樊遅には合点がいかない。その様子を見て、子曰く、正直な人間を登用して、曲がった人間の上に据えると、曲がった人間が正直になってくるものだ。樊遅が退出した。後に兄弟子の子夏にあって話した。この間、私は先生にお目に掛って、知とは何かを尋ねた。先生が仰るには、正直な人間を登用して、曲がった人間の上に据えると、曲がった人間が正直なってくるものだ、と言われたが、どういう意味でしょうか。子夏曰く、それは大いに意味深い言葉だ。恐らく舜が天子になって、大勢の中から選択して皐陶を登用すると、悪者どもが逃げ出した。殷の湯王が天子になって、大勢の中から選択して伊尹を登用すると、悪者どものが逃げ出したようなことを言われたのだろう。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-16

[][][]ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫 17:22 はてなブックマーク - ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 「城砦の赤竜」編。

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[][][]蛇の章を読む(その11) 21:08 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その11) - 蜀犬 日に吠ゆ


犀の角のようにただ独り歩め

第一 蛇の章

三、犀の角

四八 金の細工人がみごとに仕上げた二つの輝く黄金の腕輪を、一つの腕にはめれば、ぶつかり合う。それを見て、犀の角のようにただ独り歩め。

四九 このように二人でいるならば、われに饒舌といさかいとが起るであろう。未来にこの恐れのあることを察して、犀の角のようにただ独り歩め。

五〇 実に欲望は色とりどりで甘美であり、心に楽しく、種々のかたちで、心を攪乱する。欲望の対象にはこの患いのあることを見て、犀の角のようにただ独り歩め。

五一 これはわたくしにとって災害であり、腫物であり、病であり、矢であり、恐怖である。諸々の欲望の対象にはこの恐ろしさのあることを見て、犀の角のようにただ独り歩め。

五二 寒さと暑さと、飢えと渇(かつ)えと、風と太陽の熱と、虻と蛇と、――これらすべてのものにうち勝って、犀の角のようにただ独り歩め。

五三 肩がしっかりと発育し蓮華のようにみごとな巨大な象は、その群を離れて、欲するがままに森の中を遊歩する。そのように、犀の角のようにただ独り歩め。

五四 集会を楽しむ人には、暫時の解脱にいたるべきことわりもない。太陽の末裔(ブッダ)のことばをこころがけて、犀の角のようにただ独り歩め。

五五 相争う哲学的見解を越え、(さとりに至る)決定に達し、道を得ている人は、「われは智慧が生じた。もはや他の人に指導される要がない」と知って、犀の角のようにただ独り歩め。

五六 貪ることなく、詐ることなく、渇望することなく、(見せかけで)覆うことなく、濁りと迷妄とを除き去り、全世界において妄執のないものとなって、犀の角のようにただ独り歩め。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その15) 20:06 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その15) - 蜀犬 日に吠ゆ

敢て得を崇び、慝(とく)を脩め、惑いを弁ずる

 顔淵第十二(279~302)

299 樊遅従遊於舞雩之下。曰。敢問崇徳。脩慝。弁惑。子曰。善哉問。先事後得。非崇徳与。攻其悪。無攻人之悪。非脩慝与。一朝之忿。忘其身以及其親。非惑与。

(訓)樊遅、従って舞雩(ぶう)の下に遊ぶ。曰く、敢て得を崇び、慝(とく)を脩め、惑いを弁ずる、を問う。子曰く、善いかな、問いや。事を先にして得るを後にす。徳を崇ぶにあらずや。其の悪を攻め、人の悪を攻めず。慝を脩むるにあらずや。一朝の忿(いか)りに其の身を忘れ、以て其の親に及ぶ。惑いにあらずや。

(新)樊遅が孔子に従って、舞雩(あまごい)の台の下の広場で休んだ。曰く、徳を崇び、慝(あ)しきを祓い、惑いを弁ずるの三箇条の意味をお尋ねしたく思います。子曰く、なかなかいい質問だ。先ず働いて、報酬は期待しない。それが修養の第一要件だと悟ることだ。自分の過失をば強く咎めるが、他人には人身攻撃を行わない。それが慝しきを祓うことになる。一時のふとした腹立ちから、我が身を忘れるのみか、その親にまで迷惑をかける。そういうことが惑いだと悟るのが弁感だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-15

[][][]蛇の章を読む(その10) 22:50 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ


犀の角のようにただ独り歩め

第一 蛇の章

三、犀の角

四五 葉の落ちたコーヴィラーラ樹のように、在家者のしるしを捨て去って、在家の束縛を断ち切って、健(たけ)き人はただ独り歩め。

四六 しかしもしも汝が、(賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者)を得ないならば、譬えば王が征服した国を捨て去るようにして、犀の角のようにただ独り歩め。

四七 われらは実に朋友を得る幸せを讃(ほ)め称える。自分よりも勝れあるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その1422:32 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その14) - 蜀犬 日に吠ゆ

士は何如にして斯にこれを達と謂うべきか

 顔淵第十二(279~302)

298 子張問。士何如斯可謂之達矣。子曰。何哉爾所謂達者。子張対曰。在邦必聞。在家必聞。子曰。是聞也。非達也。夫達也者。質直而好義。察言而観色。慮以下人。在邦必達。在家必達。夫聞也者。色取仁而行違。居之不疑。在邦必聞。在家必聞。

(訓)子張、問う。士は何如(いか)にして斯にこれを達と謂うべきか。子曰く、何ぞや、爾の所謂る達とは。子張対えて曰く、邦にありても必ず聞こえ、家にありても必ず聞こゆ。子曰く、是れ聞こゆるなり。達にあらざるなり。夫れ達なるものは、質直にして義を好み、言を察して色を観る。慮(はか)りありて以て人に下る。邦にありても必ず達し、家にありても必ず達す。夫れ聞こゆるとは、色は仁を取りて行いは違い、これに居りて疑わず。邦にありても必ず聞こえ、家にありても必ず聞こゆ。

(新)子張が尋ねた。学徒たる者はどの程度に修養したらこれをずばぬけた人、達人といえますか。子曰く、何かね、君の言うずばぬけた、とは。子張対えて曰く、邦に用いられれば用いられたで名が知れ渡り、家に居れば居ったで名の知れわたる人のことです。子曰く、それなら名が売れると言うべきだ。ずばぬけたのとは違う。本当にずばぬけた人なら、実直で正義を愛し、人の言葉は裏まで読み、人の顔色で心の奥底まで見抜く。しかも思慮深くて人に先を譲るものだ。そのようなら国に用いられればずばぬけた成績をあげ、用いられなくて家の居ればずばぬけた個人生活を送ってみせる。これに反して名を売る方は、表面は仁を装おいながら実行は全く逆で、しかもそれを当然の行為だと信じて疑いをもたぬ。そのようならなるほど、国に用いられれば用いられたで名が知れ渡り、家に居れば居ったで名が知れ渡るものなのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 「ずばぬけ個人生活」ってどういうものなのか興味が湧きます。

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2010-01-14

[][]背中で語る男~~三島由紀夫『複雑な彼』角川文庫 22:11 はてなブックマーク - 背中で語る男~~三島由紀夫『複雑な彼』角川文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

複雑な彼 (角川文庫)

複雑な彼 (角川文庫)

 譲二と冴子の恋のさや当て。

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[][][]蛇の章を読む(その9) 21:57 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

犀の角のようにただ独り歩め

第一 蛇の章

三、犀の角

三九 林の中で、縛られていない鹿が食物を求めて欲するところに赴くように、聡明な人は独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。

四〇 仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。他人に従属しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。

四一 仲間の中におれば、遊戯と歓楽とがある。また子らに対する情愛は甚だ大である。愛しき者と別れることを厭いながらも、犀の角のようにただ独り歩め。

四二 四方のどこにでも赴き、害心あることなく、何でも得たもので満足し、諸々の苦難に堪えて、恐れることなく、犀の角のようにただ独り歩め。

四三 出家者でありながらなお不満の念をいだいている人々がいる。また家に住まう在家者でも同様である。だから他人の子女にかかわること少く、犀の角のようにただ独り歩め。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その13) 20:58 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ

政なる者は正なり

 顔淵第十二(279~302)

295 季康子問政於孔子。孔子対曰。政者正也。子帥以正。孰敢不正。

(訓)季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、政なる者は正なり。子、帥いるに正を以てすれば、孰(た)れか敢て正からざらん。

(新)季康子が政治のありかたを孔子に尋ねた。孔子対えて曰く、政治とは正義のことです。貴方が身をもって先んじて正義を行えば、どこに不正をあえてするものがありましょうか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 季康子が孔子に三度問いかけます。この質問を一連のものとして、また順番にも意味があるとして読んでみます。

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2010-01-13

[][][]蛇の章を読む(その8) 20:45 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ

犀の角のようにただ独り歩め。

第一 蛇の章

三、犀の角

三五 あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、あらゆる生きものののいずれをも悩ますことなく、また子を欲するなかれ。況わんや朋友をや。犀の角のようにただ独り歩め。

三六 交わりをしたならば愛情が生ずる。愛情にしたがってこの苦しみが起る。愛情から禍いの生ずることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。

三七 朋友・親友に憐れみをかけ、心がほだされると、おのが利を失う。親しみにはこの恐れのあうことを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。

三八 子や妻に対する愛著は、たしかに枝の広く茂った竹が互いに相絡むようなものである。筍が他のものにまつわりつくことのないように、犀の角のようにただ独り歩め。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その12) 20:00 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ

博学於文

 顔淵第十二(279~302)

293 子曰。博学於文。約之以礼。亦可以弗畔矣夫。

(訓)子曰く、博く文を学び、これを約するに礼を以てすれば、亦た以て畔(そむ)かざるべし。

(新)144とほとんど同文である。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-11

[][][]蛇の章を読む(その7) 16:40 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

執着するもとのもののない人は、憂うることがない


第一 蛇の章

二、ダニヤ

三〇 忽ちに大雲が現われて、雨を降らし、低地と丘とをみたした。神が雨を降らすのを聞いて、ダニヤは次のことを語った。

三一 「われらは尊き師にお目にかかりましたが、われらの得たところは実に大きいのです。眼ある方よ。われらはあなたに帰依いたします。あなたはわれらの師となってください。大いなる聖者よ。

三二 妻もわたしもともに従順であります。幸せな人(ブッダ)のもとで清らかな修行を行いましょう。生死の彼岸に達して、苦しみを滅しましょう。」

三三 悪魔パーピマンがいった、

「子のある者は子について喜び、また牛のある者は牛について喜ぶ。人間の執著するもとのものは喜びである。執著するもとのもののない人は、実に喜ぶことがない。」

三四 師は答えた。

「子のある者は子について憂い、また牛のある者は牛について憂う。実に人間の憂いは執着するもとのものである。執着するもとのもののない人は、憂うることがない。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その11) 14:40 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その11) - 蜀犬 日に吠ゆ

君を君とし、臣を臣とし

 顔淵第十二(279~302)

289 斉景公問政於孔子。孔子対曰。君君臣臣。父父子子。公曰。善哉。信如君不君。臣不臣。父不父。子不子。雖有粟。吾得而食諸。

(訓)斉の景公、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、君、君たり、臣、臣たり。父、父たり、子、子たり。公曰く、善い哉。信(まこと)に如(も)し、君、君たらず、臣、臣たらず、父、父たらず、子、子たらずんば君を君とし、臣を臣とし、父を父とし、子を子とす。公曰く、善い哉、信に如し、君、君とせられず、臣、臣とせられず、父、父とせられず、子、子とせられずんば、粟(ぞく)ありと雖も、吾得てこれを食わんや。

(新)斉の景公が政治のあり方を孔子に尋ねた。孔子対えて曰く、臣は君を君として仕え、君は臣を臣として扱い、子は父を父として仕え、父は子を子として扱うのが、政治の本体です。公曰く、本当によいことを言って下さった。誠にもしも、君が君として尊ばれず、臣が臣として扱われず、父が父として尊ばれず、子が子として扱われないならば、たとえ米がそこに貯えてあっても、君たり父たるわが身がそれを口へ運ぶことができぬに違いない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-10

[][][]蛇の章を読む(その6) 14:14 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ


第一 蛇の章

二、ダニヤ

二六 牛飼いダニヤがいった、

「未だ馴らされていない牛もいるし、乳を飲む仔牛もいる。孕んだ牝牛もいるし、交尾を欲する牝牛もいる。牝牛どもの主である牡牛もいる。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二七 師は答えた、

「未だ馴らされていない牛もいないし、乳を飲む仔牛もいない。孕んだ牝牛もいないし、交尾を欲する牝牛もいない。牝牛どもの主である牡牛もここにはいない。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」


二八 牛飼いダニヤがいった、

「牛を繋ぐ杭は、しっかり打ちこまれていて揺がない。ムンジャ草でつくった新しい縄はよくなわれている。仔牛もこれを断つことができないであろう。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二九 師は答えた、

「牡牛のように結縛(むすびいましめ)を断ち、くさい臭いのする蔓草を象のように踏みにじり、わたくしはもはや母胎に入ることはないであろう。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その10) 14:02 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

徳を崇び惑いを弁ずる

 顔淵第十二(279~302)

288 子張問崇徳弁惑。子曰。主忠信徒義。崇徳也。愛之欲其生。悪之欲其死。既欲其生。又欲其死。是惑也。誠不以富。亦祇以異。

(訓)子張、徳を崇び惑いを弁ずるを問う。子曰く、忠信を主とし義に徒(うつ)るは徳を崇ぶなり。これを愛しては其の生を欲し、これを悪んでは其の死を欲す。既にその生を欲し、又た其の死を欲す。是れ惑いなり。(以下八字錯出)

(新)子張が徳を崇び、惑いを脱却する、という古語の意味を尋ねた。子曰く、誠実を旨とし、正義に共鳴するのが、徳を崇ぶことになる。その人を愛するからと言って永遠に生きることを欲し、嫌いだからと言ってその死ぬことを欲するのはよくあるが、その生きることを欲しながら、かえって死ぬことを欲したと同じ結果におちいったりする。それが惑いだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-06

[][][]蛇の章を読む(その5) 19:56 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ


第一 蛇の章

二、ダニヤ

二〇 牛飼いダニヤがいった、

「蚊も虻もいないし、牛どもは沼地に茂った草を食んで歩み、雨が降ってきても、かれらは堪え忍ぶであろう。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二一 師は答えた、

「わが筏はすでに組まれて、よくつくられていたが、激流を克服して、すでに渡りおわり、彼岸に到着している。もはや筏の必要はない。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」


二二 牛飼いダニヤがいった、

「わが牧婦(=妻)は従順であり、貪ることがない。久しくともに住んできたが、わが意(こころ)に適っている。かの女にいかなる悪のあるのをも聞いたことがない。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二三 師は答えた。

「わが心は従順であり、解脱している。永いあいだ修養したので、よくととのえられている。わたくしにはいかなる悪も存在しない。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」


二四 牛飼いダニヤはいった、

「わたしは自活しみずから養うものである。わが子らはみなともに住んで健やかである。かれらにいかなる悪のあるのをも聞いたことがない。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

二五 師は答えた、

「わたくしは何ぴとの雇い人でもない。みずから得たものによって全世界を歩む。他人に傭われる必要はない。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その9) 19:46 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

年饑えて用足らず。これを如何せん

 顔淵第十二(279~302)

287 哀公問於有若曰。年饑用不足。如之何。有若対曰。盍徹乎。曰。二吾猶不足。如之何其徹也。対曰。百姓足。君孰与不足。百姓不足。君孰与足。

(訓)哀公、有若に問うて曰く、年饑(う)えて用足らず。これを如何せん。有若、対えて曰く、盍(なん)ぞ徹せざるや。曰く、二なるも吾猶お足れりとせず。これを如何ぞ其れ徹せんや。対えて曰く、百姓(ひゃくせい)足らば、君孰(た)れと与にか足らざらん。百姓足らずんば、君孰れと与にか足らん。

(新)魯の哀公が有若に尋ねた。饑饉のために財政が窮乏していますが、どうしたらよいでしょうか。有若対えて曰く、徹法を行って、十分の一税を取るに限ります。曰く、十分の二税を取っていてもなお足りないのに、どうしてまた十分の一税とは。対えて曰く、百姓が豊かになれば君主がひとり窮乏に陥るはずがない。百姓が窮乏すれば、君主ひとり豊かになるはずがない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-05

[][][]蛇の章を読む(その4) 19:40 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


第一 蛇の章

一、蛇

一四 悪い習性がいささかも存することなく、悪の根を抜き去った修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一五 この世に還り来る縁となる(煩悩から生ずるもの)をいささかももたない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一六 ひとを生存に縛りつける原因となる(妄執から生ずるもの)をいささかももたない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一七 五つの蓋(おお)い*1を捨て、悩みなく、疑惑を超え、苦悩の矢*2を抜き去られた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その7) 16:44 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

古より皆な死あり、民、信なければ立たず

 顔淵第十二(279~302)

285 子貢問政。子曰。足食。足兵。民信之矣。子貢曰。必不得已而去。於斯三者何先。曰。去兵。子貢曰。必不得已而去。於斯二者何先。曰。去食。自古皆有死。民無信不立。

(訓)子貢、政を問う。子曰く、食を足らわし、兵を足らわし、民にこれを信ぜしむ。子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、この三者において何れを先にせん。曰く、兵を去る。子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、この二者において何れを先にせん。曰く、食を去る。古より皆な死あり、民、信なければ立たず。

(新)子貢が政治のあり方を尋ねた。子曰く、食糧を貯蔵し、軍備を充足し、人民に信用されることだ。子貢曰く、三者が到底一時に揃えられぬ時、第一に切捨てるとしたならば、それは何でしょうか。曰く、軍備が後まわしだ。子貢曰く、残りの二者も到底一時に揃えられぬ時、次に切り捨てるとしたならば、それは何でしょうか。曰く、食糧が後まわしだ。政治家も食わなければ死ぬが、それは古からあったことだ。人民に信用をなくしたなら、それはもう政治ではない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 いやー。私が子貢好きだからなのかも知れませんが、この章句には痺れますね。憧れますね。この丁々発止。

 孔子門下の諸弟子は善く問うて直ちに理の極限を窮める。この章のごときは、子貢でなければ問うことはできず、孔子でなければ答えることはできないのである。(程子の説)

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

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*1:訳者註:「漢訳仏典では「五蓋」と訳される。貪欲と、いかりと、こころのしずむこと、こころのそわそわすることと、疑いとをいう。

*2:訳者註:欲情(raga)、嫌悪(dosa)、迷妄(moha)、高慢(mana)、悪い見解(ditthi)の五つを言う。

2010-01-04

[][]河田清史『ラーマーヤナ』下 レグルス文庫 第三文明社(その5)終了 22:34 はてなブックマーク - 河田清史『ラーマーヤナ』下 レグルス文庫 第三文明社(その5)終了 - 蜀犬 日に吠ゆ

 つい昨日は怒りのあまりに途中で放り投げてしまいました。

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

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[][][]蛇の章を読む(その3) 19:40 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


第一 蛇の章

一、蛇

八 走っても疾(はや)過ぎることなく、また遅れることもなく、すべてこの妄想*1をのり超えた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


九 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「世間における一切のものは虚妄である」と知っている修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一〇 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「一切のものは虚妄である」と知って貪りを離れた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一一 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「一切のものは虚妄である」と知って愛欲を離れた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一二 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「一切のものは虚妄である」と知って憎悪を離れた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一三 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「一切のものは虚妄である」と知って迷妄を離れた修行者は*2、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

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[][][][]顔淵第十二を読む(その6) 20:16 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

浸潤の譖り、膚受の愬え行われざる

 顔淵第十二(279~302)

284 子張問明。子曰。浸潤之譖。膚受之愬。不行焉。可謂明也。已矣。浸潤之譖。膚受之愬。不行焉。可謂遠也已矣。

(訓)子張、明を問う。子曰く、浸潤(しんじゅん)の譖(そし)り、膚受(ふじゅ)の愬(うった)え行われざるは、明と謂うべきのみ。浸潤の譖り、膚受の愬え行われざるは、遠と謂うべきのみ。

(新)子張が明察な人とはどんな人かと尋ねた。子曰く、繰返し繰返し行われる讒言も、膚で感じられやすい誹謗も、少しも効き目がなかったら、それは目の明るい人だと言うべきだ。根虫の喰うような讒言も、膚ざわりのよい陰言もつけこむ隙が見出せなかったら、それは遠くまで目の利く人と言いかえてもよい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 感情に支配されないからこそ知恵が働かせられる、ということ。

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*1:訳者註:原語はPapancaであり、この語は漢訳仏典ではよく「戯論」と訳される。ヴェーダーンタ哲学では世界のひろがりの意味。しかし原始仏教経典では「妄想」の意味か。

*2:訳者註:以上の四つの詩句においては、それぞれ貪り(lobha)、憎悪(dosa =Skrt.dvesa)、迷妄(moba 愚癡)という三つの煩悩は、人間にとって根本的なものであるから、古来の仏教の学問では「貪・瞋・癡」という。ragaは愛し、むさぼり、執著すること、dosa は(1)嫌悪し、次に(2)憎悪し、さらに(3)打ちのめし害すること、moha とは、真実の姿を知らず、迷ってぼうとしていること。

2010-01-03

[][]河田清史『ラーマーヤナ』下 レグルス文庫 第三文明社(その4) 22:34 はてなブックマーク - 河田清史『ラーマーヤナ』下 レグルス文庫 第三文明社(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

ラーマーヤナ―インド古典物語 (下) (レグルス文庫 (2))

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[][][]蛇の章を読む(その2) 19:27 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


第一 蛇の章

一、蛇

五 無花果の樹の林の中に花を探し求めても得られないように、諸々の生存状態のうちに堅固なものを見出さない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


六 内に怒ることなく、世の栄枯盛衰を超越した修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


七 想念を焼き尽して余すことなく、心の内がよく整えられた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 「生存状態のなかに堅固なものはないと気づくこと」「栄枯盛衰を超越すること」「想念を消して心を整えること」。これも自己にこだわっていては出来ないことです。生存状態のなかに堅固なものはないというのは、死亡状態は確定的であるということでしょうか。違うのでしょうね。この世が堅固でないように、かの世もまた、堅固ではないと知らなければならないのでしょう。


[][][][]顔淵第十二を読む(その5) 20:52 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

四海のうち、皆な兄弟なり

 顔淵第十二(279~302)

283 司馬牛憂曰。人皆有兄弟。我独亡。子夏曰。商聞之矣。死生有命。富貴在天。君子敬而無失。与人恭而有礼。四海之内。皆兄弟也。君子何患乎無兄弟也。

(訓)司馬牛、憂えて曰く、人には皆な兄弟ありて、我れに独り亡し。子夏曰く、商、これを聞く。死生、命あり。富貴は天にあり、と。君子、敬(つつし)んで失なく、人に与(むか)い恭にして礼あらば、四海のうち、皆な兄弟なり。君子、何ぞ兄弟なきを患えんや。

(新)司馬牛がふさぎこんでいる。曰く、人には、皆な兄弟があるのに、私にだけそれがない。子夏曰く、私は聞いたことがある。生まれたり死んだりするのは、宿命で定っていることで、それは財産や地位が天から授かるのと同様である、と。もし貴君が慎しみ深くして欠点をなくすように努め、人に向って謙虚で礼儀を守れば、四海のうち、世界中の人間は皆な兄弟だ。貴君は何も兄弟がないと慨くには当らぬことだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 人類、「皆な兄弟」でおなじみの子夏の言葉。

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2010-01-02

[][][]蛇の章~~『スッタニパータ』岩波文庫を読む 21:44 はてなブックマーク - 蛇の章~~『スッタニパータ』岩波文庫を読む - 蜀犬 日に吠ゆ

 『論語』と同時に始めた『サキャ格言集』。文庫本自体どこへいったやら……。

 というわけで、満を持して

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

 蛇の章から。


 読む前に、「三帰依」。

第一講 『ダンパマダ』への入り口

[礼拝文]

Namo Tassa Bhagvato Arahato Samma - Sambuddahassa.

ナモー タッサ ヴァガヴァトー アラハトー サンマー サンブッダッサ

(阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼したてまつる)

[三帰依文]

ブッダン・サラナン・ガッチャーミ(私は仏陀に帰依いたします)

ダンマン・サラナン・ガッチャーミ(私は法[真理]に帰依いたします)

サンガン・サラナン・ガッチャーミ(私は僧[仏教者の共同体]に帰依いたします)

釈徹宗『いきなりはじめるダンマパダ』サンガ

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[][][][]顔淵第十二を読む(その4) 19:48 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

君子は憂えず懼れず

 顔淵第十二(279~302)

282 司馬牛問君子。子曰。君子不憂不懼。曰。不憂不懼。斯謂之君子已乎。子曰。内省不疚。夫何憂何懼。

(訓)司馬牛、君子を問う。子曰く、君子は憂えず懼(おそ)れず。曰く、憂えず懼れず。斯(ここ)にこれを君子と謂うか。子曰く、内に省みて疚(やま)しからずんば、夫れ何をか憂え、何をか懼れん。

(新)司馬牛が教養ある君子とは何かと尋ねた。子曰く、君子というものは憂えることがなく、懼れることのないものだ。曰く、憂えることなく、懼れることがないくらいで、すぐそれを君子と言えますか。子曰く、(問題はその前提にある。)内心に反省して一点も疚しい所のない人であって始めて、何も憂えることなく、何も懼れることのない人でありうるのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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2010-01-01

[][][][]顔淵第十二を読む(その3) 21:09 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

仁者は其の言うこと訒し

 顔淵第十二(279~302)

281 司馬牛問仁。子曰。仁者其言也訒。曰。其言也訒。斯謂之仁已乎。子曰。為之難。言之得無訒乎。

(訓)司馬牛、仁を問う。子曰く、仁者は其の言うこと訒(おそ)し。曰く、其の言うこと訒くして、斯にこれを仁と謂うか。子曰く、これを為すこと難きなり。これを言いて訒きことなきを得んや。

(新)司馬牛が仁とは何かを尋ねた。子曰く、仁者はその言葉が遠慮がちでつかえるものだ。曰く、言葉がつかえるくらいのことで仁と言えますか。子曰く、口先だけで出来ることではない。それを軽く言うこと自体、言葉がつかえない証拠だな。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

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