蜀犬 日に吠ゆ

2010-01-01

[][][][]顔淵第十二を読む(その3) 21:09 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

仁者は其の言うこと訒し

 顔淵第十二(279~302)

281 司馬牛問仁。子曰。仁者其言也訒。曰。其言也訒。斯謂之仁已乎。子曰。為之難。言之得無訒乎。

(訓)司馬牛、仁を問う。子曰く、仁者は其の言うこと訒(おそ)し。曰く、其の言うこと訒くして、斯にこれを仁と謂うか。子曰く、これを為すこと難きなり。これを言いて訒きことなきを得んや。

(新)司馬牛が仁とは何かを尋ねた。子曰く、仁者はその言葉が遠慮がちでつかえるものだ。曰く、言葉がつかえるくらいのことで仁と言えますか。子曰く、口先だけで出来ることではない。それを軽く言うこと自体、言葉がつかえない証拠だな。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 ここからしばらく司馬牛編。


 言葉は慎重に、というのは、将来仕官して「綸言」を言う側になろうとする君子として当然のことですね。しかし、司馬牛は反射的に、オウム返しに質問してしまったので孔子にたしなめられてしまったのでしょう。

「史記」の「弟子列伝」によれば、司馬牛は、「言(ことば)多くて躁(さわ)がしき」性質があったので、このいましめがあるという。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 また、「仁」を「訒」で説明するのは、

「訒」は「難」(慎重なので、ことばがなかなか出てこないさま)。「仁」と「訒」とは、音が共通している。この音通(おんつう)によっておとばの意味を表すことがよくある。

加地伸行『論語』講談社学術文庫