蜀犬 日に吠ゆ

2010-01-05

[][][]蛇の章を読む(その4) 19:40 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


第一 蛇の章

一、蛇

一四 悪い習性がいささかも存することなく、悪の根を抜き去った修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一五 この世に還り来る縁となる(煩悩から生ずるもの)をいささかももたない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一六 ひとを生存に縛りつける原因となる(妄執から生ずるもの)をいささかももたない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


一七 五つの蓋(おお)い*1を捨て、悩みなく、疑惑を超え、苦悩の矢*2を抜き去られた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。――蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 すこし具体的な話になってきましたでしょうか。

 五つの蓋いというのは、註によれば、「漢訳仏典では「五蓋」と訳される。貪欲と、いかりと、こころのしずむこと、こころのそわそわすることと、疑いとをいう」のだそうで、註がなければ絶対わからないではないですか。

 一五句で「輪廻転生の苦しみ」が描かれますが、煩悩を捨て去ることができれば、その苦しみも苦しみではなくなるのではないかなあ、とか何とか余計な想像ばかりしてしまいます。


[][][][]顔淵第十二を読む(その7) 16:44 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

古より皆な死あり、民、信なければ立たず

 顔淵第十二(279~302)

285 子貢問政。子曰。足食。足兵。民信之矣。子貢曰。必不得已而去。於斯三者何先。曰。去兵。子貢曰。必不得已而去。於斯二者何先。曰。去食。自古皆有死。民無信不立。

(訓)子貢、政を問う。子曰く、食を足らわし、兵を足らわし、民にこれを信ぜしむ。子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、この三者において何れを先にせん。曰く、兵を去る。子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、この二者において何れを先にせん。曰く、食を去る。古より皆な死あり、民、信なければ立たず。

(新)子貢が政治のあり方を尋ねた。子曰く、食糧を貯蔵し、軍備を充足し、人民に信用されることだ。子貢曰く、三者が到底一時に揃えられぬ時、第一に切捨てるとしたならば、それは何でしょうか。曰く、軍備が後まわしだ。子貢曰く、残りの二者も到底一時に揃えられぬ時、次に切り捨てるとしたならば、それは何でしょうか。曰く、食糧が後まわしだ。政治家も食わなければ死ぬが、それは古からあったことだ。人民に信用をなくしたなら、それはもう政治ではない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 いやー。私が子貢好きだからなのかも知れませんが、この章句には痺れますね。憧れますね。この丁々発止。

 孔子門下の諸弟子は善く問うて直ちに理の極限を窮める。この章のごときは、子貢でなければ問うことはできず、孔子でなければ答えることはできないのである。(程子の説)

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 政治を行ううえで、いつでも調子のいい時を想定しているようでは駄目なのでしょうね。子貢が質問したとき、孔子は理想が実現した状態で答えたのでしょう。普通の弟子であれば、なるほどいいことを聞いた、とかおもい、顔回などであれば、これを仰げば弥いよ高し、何と遠い理想であるか、一心に努力しなければなるまい、などと誓いを新たにするところですが、子貢はさすがに子貢。

 逆境のなかで、大切にしなければならないことは何ですか、と追求。孔子がそこまで見越していなかったことは、最初の言葉が「足食。足兵。民信之矣。」の順であったことから分かります。捨ててよい順(軽い順)ではないわけですからね。おそらく思いついた順であったことでしょうが、ということは、為政者がまずもって取り組まないことでもあるのではないでしょうか。最後の「民信之矣」というのは、前二者を成立させた上で国の中に広まるもの、とでもいうつもりだったのではないでしょうか。


 そこで子貢によって新しい条件が追加されると、兵は捨て、食は捨て、という話になります。

 吉川先生は

従来のおおむねの読み方は、「自古皆有死」を、上の去食と密接に連続させ、食糧の充足を捨てれば、死人が出るだろうが、人間はみな死ぬのがさだめだから、やむを得ない場合には、食糧を充足しなくても、やむを得ないといっているが、果してそう読むべきなのであろうか。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 として、「自古皆有死。民無信不立。」をひとまとまりとし、

有限の人生において、最後の人間の条件となるもの、それは信義ないしは信頼である。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 と読みます。

 私の説はどちらでもない訳でして、やむを得ない場合、兵は、食糧は、不足することがあるかもしれないがそれでも為政者はこれを足らすべく力を尽くさなければならない、民からの信頼がなければあっという間に政権は崩壊してしまうことでしょうが、民から信頼され、信義をまもるかぎりにおいては、政治をつづけることはできる、と。


 現代の民主主義社会にあてはめていろいろ言えそうな章句ですが、そういうことは、言わぬが花、でしょうね。

*1:訳者註:「漢訳仏典では「五蓋」と訳される。貪欲と、いかりと、こころのしずむこと、こころのそわそわすることと、疑いとをいう。

*2:訳者註:欲情(raga)、嫌悪(dosa)、迷妄(moha)、高慢(mana)、悪い見解(ditthi)の五つを言う。