蜀犬 日に吠ゆ

2010-01-11

[][][]蛇の章を読む(その7) 16:40 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

執着するもとのもののない人は、憂うることがない


第一 蛇の章

二、ダニヤ

三〇 忽ちに大雲が現われて、雨を降らし、低地と丘とをみたした。神が雨を降らすのを聞いて、ダニヤは次のことを語った。

三一 「われらは尊き師にお目にかかりましたが、われらの得たところは実に大きいのです。眼ある方よ。われらはあなたに帰依いたします。あなたはわれらの師となってください。大いなる聖者よ。

三二 妻もわたしもともに従順であります。幸せな人(ブッダ)のもとで清らかな修行を行いましょう。生死の彼岸に達して、苦しみを滅しましょう。」

三三 悪魔パーピマンがいった、

「子のある者は子について喜び、また牛のある者は牛について喜ぶ。人間の執著するもとのものは喜びである。執著するもとのもののない人は、実に喜ぶことがない。」

三四 師は答えた。

「子のある者は子について憂い、また牛のある者は牛について憂う。実に人間の憂いは執着するもとのものである。執着するもとのもののない人は、憂うることがない。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 ダニヤさん、いつ改心したのでしょうか。雨が降ってしばらく暇になるからちょっくら修行でもしましょうか、という感じですかね。

 みずからの心の喜びに執着してはいけない。それは悪魔の言葉であります。憂いは執着するものから生じるのですから、まずものへの執著をなくせば、憂いはなくなる。

 喜びはどうなってしまうのでしょうね。自分の家族や財産に対する自己満足的な喜びを捨て去ったとして、また別に善いことがあるのかどうかについては、この章ではいまだ述べられません。


[][][][]顔淵第十二を読む(その11) 14:40 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その11) - 蜀犬 日に吠ゆ

君を君とし、臣を臣とし

 顔淵第十二(279~302)

289 斉景公問政於孔子。孔子対曰。君君臣臣。父父子子。公曰。善哉。信如君不君。臣不臣。父不父。子不子。雖有粟。吾得而食諸。

(訓)斉の景公、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、君、君たり、臣、臣たり。父、父たり、子、子たり。公曰く、善い哉。信(まこと)に如(も)し、君、君たらず、臣、臣たらず、父、父たらず、子、子たらずんば君を君とし、臣を臣とし、父を父とし、子を子とす。公曰く、善い哉、信に如し、君、君とせられず、臣、臣とせられず、父、父とせられず、子、子とせられずんば、粟(ぞく)ありと雖も、吾得てこれを食わんや。

(新)斉の景公が政治のあり方を孔子に尋ねた。孔子対えて曰く、臣は君を君として仕え、君は臣を臣として扱い、子は父を父として仕え、父は子を子として扱うのが、政治の本体です。公曰く、本当によいことを言って下さった。誠にもしも、君が君として尊ばれず、臣が臣として扱われず、父が父として尊ばれず、子が子として扱われないならば、たとえ米がそこに貯えてあっても、君たり父たるわが身がそれを口へ運ぶことができぬに違いない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 従来の訓が「君主はみずから君主らしくし…」と解釈するのに対して、宮崎先生は「臣下が君主を君主として…」と解します。いずれの読み方にしても、孔子はそれぞれの人が、自分の行うべき道を自覚して行うことが政治であるといっているのです。あとで出て来る「政は正なり」や、「必ずや名を正さん」などと共通する内容であるといってよいでしょう。


そのころの斉国の内政は、矛盾が堆積し、危機を醸しつつあった。最も大きなものは、帰化人の子孫である家老の陳恒が、大臣として実権を握っていたことであって、やがて百何十年かのちのBC三七九には、陳恒の子孫が、斉の侯位をのっとってしまう。そうした破局にいたるべき形勢が、すでに有力に醸されつつあった。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 君が臣にあなどられ、父が子にあなどられる。君は臣に気を遣い、父が子に遠慮するような状態ではいけない、ということでしょう。なにごとも、分際をわきまえることが大切。


片言、以て獄を折む

 顔淵第十二(279~302)

290 子曰。片言可以折獄者。其由也与。子路無宿諾。

(訓)子曰く、片言、以て獄(うったえ)を折(さだ)むべき者は、其れ由なるか、と。子路は宿諾なかりき。

(新)子曰く、一言の下に裁判の判決を下せるのは、由くらいなものであろう、と。子路は(決断力の上に実行力があって)頼まれたことを承諾した上は、明日まで延ばすことをしなかった。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 獄は有罪者を刑に服せしめる刑務所ではなく、被疑者を拘置して裁判を待たしめる留置所であり、またその裁判、訴訟を意味した。片言を、従来の解釈では、子路が片言を聞いて云云という意味にとるが、するとそれは非常に明察な裁判官のことになる。子路の場合はむしろその直情径行によって、善か悪かの判断を迷わずに下す決断力を賞したものと思われるから、上の如く訳した。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 宮崎先生の解釈に賛成。子路は、簡単明瞭な判決文を書いた、と。近代国家のように三権分立が理念として存在する前は、司法も行政と同じでした。となれば、裁判にも、内外からの圧力がかかったであろう事が容易に想像できます。そうした雑音を気にせず、曖昧なごまかしをせず、無駄な引き延ばしをせず、子路は簡潔に裁定を下した、ということになりましょう。


訟えなからしめんか

 顔淵第十二(279~302)

291 子曰。聴訟。吾猶人也。必也使無訟乎。

(訓)子曰く、訟(うったえ)を聴くは、吾は猶お人のごときなり。必ずや、訟えなからしめんか。

(新)子曰く、訟を聴いて是非を定めるという段になっては、だれがやっても結果は似たものになる。訟えることをなくしてしまうように努力することこそ大切なのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 そもそも裁判で白黒つけようということ自体が儒教的理想からすれば異常な状況なのであって、「権力」の「権」は常道に反する緊急避難措置であり、徳治が行われているならば法の出番はないはず。孔子が言いたいのはこういうことなのでしょう。


これに居りて倦むことなかれ

 顔淵第十二(279~302)

292 子張問政。子曰。居之無倦。行之以忠。

(訓)子張、政を問う。子曰く、これに居りて倦むことなかれ。これを行うに忠を以てせよ。

(新)子張が政治のあり方を尋ねた。子曰く、政治にやり甲斐を感じて当り、倦怠せぬことが大事だ。政治の実行には誠意をもってせよ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 またしても、スノッブ気のある子張が質問。顔淵第十二では結構登場しますね。上論のころ、令尹子文だの十世知るべきだのと大仰な質問をして孔子とやりとりをしていましたが、下論に入ってからは、抽象的な質問をして孔子に日常的な心構えを諭されるというパターンがありそうですね。

 「これに居りて」というのは、宮崎先生は「やり甲斐、生き甲斐を見出せ」としますが、加地先生のように、(能力に応じて)「官職に就き」というくらいでいいのではないかと思います。

 「倦むことなかれ」、というのは、ついかっこつけたがる子張に対し、実際の政務というのは理屈と違うことの連続でイヤになるだろうが投げだしてはいかん、ということでしょう。「行うに忠」は、結局一番重要なのは誠意だ、ということ。国のため、天下のため、民のため、という道を踏み外すことがなければ、こまかいことはいいのだ、それぞれの状況下に応じて適宜やりようがある、という夫子の教えなのでしょう。