蜀犬 日に吠ゆ

2010-01-14

[][]背中で語る男~~三島由紀夫『複雑な彼』角川文庫 22:11 はてなブックマーク - 背中で語る男~~三島由紀夫『複雑な彼』角川文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

複雑な彼 (角川文庫)

複雑な彼 (角川文庫)

 譲二と冴子の恋のさや当て。

 安部譲二をモデルとした、一種のピカレスク。

 しかし最後まで隠し通していた秘密、というのは予想どおりで、冴子が衝撃を受けたのは、ちょっと大げさかと思った。もちろん私だって実際にそんなものみたら体が硬直してしまうのでしょうけれども。


[][][]蛇の章を読む(その9) 21:57 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

犀の角のようにただ独り歩め

第一 蛇の章

三、犀の角

三九 林の中で、縛られていない鹿が食物を求めて欲するところに赴くように、聡明な人は独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。

四〇 仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。他人に従属しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。

四一 仲間の中におれば、遊戯と歓楽とがある。また子らに対する情愛は甚だ大である。愛しき者と別れることを厭いながらも、犀の角のようにただ独り歩め。

四二 四方のどこにでも赴き、害心あることなく、何でも得たもので満足し、諸々の苦難に堪えて、恐れることなく、犀の角のようにただ独り歩め。

四三 出家者でありながらなお不満の念をいだいている人々がいる。また家に住まう在家者でも同様である。だから他人の子女にかかわること少く、犀の角のようにただ独り歩め。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 (こころが)自由であることが、特に大切なのであって、仲間の存在は邪魔になる。情愛を捨て、別れを厭いながらも独り歩むことが大切。別れを厭うというのは執著しているようにも見えますがいいのでしょうか。

 四二はなんだか「雨ニモ負ケズ」のようですね。

 出家者だけでなく、在家者もまったく同じであると説明されます。うーむ。在家のまま独りになるのは、むしろ難しい。まあだから師ブッダは出家をすすめるのでしょうけれどもね。



[][][][]顔淵第十二を読む(その13) 20:58 はてなブックマーク - 顔淵第十二を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ

政なる者は正なり

 顔淵第十二(279~302)

295 季康子問政於孔子。孔子対曰。政者正也。子帥以正。孰敢不正。

(訓)季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、政なる者は正なり。子、帥いるに正を以てすれば、孰(た)れか敢て正からざらん。

(新)季康子が政治のありかたを孔子に尋ねた。孔子対えて曰く、政治とは正義のことです。貴方が身をもって先んじて正義を行えば、どこに不正をあえてするものがありましょうか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 季康子が孔子に三度問いかけます。この質問を一連のものとして、また順番にも意味があるとして読んでみます。

 季康子といえば、魯国で絶賛専横中。君君臣臣である通り、「分」を守ることを重視する孔子の、これは皮肉なのでしょう。政治を云々前に、まずおのれの身をただせ、と。


 「政」と「正」は、当然音通でしょう。

 季康子が、政治とは何であるかを、たずねたのに対し、こたえとして、政とは正なり。政・正の二字は、いまの北京語でもともにzhengの去声であり、全く同じ発音であるが、古代音でも、そうであった。同一の発音の言葉、もしくは似た発音の言葉が、いわゆる word family として、連関した意味をもつことは、中国語を支配する大きな法則であるが、この場合、孔子はそれを利用して、こたえとしたのである。日本語に訳すれば、まつりごととは、ただしさである、となり、両者の言葉としての密接な関係が消滅するが、原語でいえば、政(zheng)とは、正(zheng)である、は、充分に人を納得しうべきひびきをもつ。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

これを賞すと雖も窃(ぬす)まざらん

 顔淵第十二(279~302)

296 季康子患盗。問於孔子。孔子対曰。苟子之不欲。雖賞之不窃。

(訓)季康子、盗を患えて、孔子に問う。孔子対えて曰く、苟(いやし)くも子の欲せざらんか、これを賞すと雖も窃(ぬす)まざらん。

(新)季康子が盗賊の多いのをもてあまして、孔子に対策を尋ねた。それについて孔子曰く、もしも貴方が本当に欲しないことならば、(人民もそれを欲しなくなり、)誰かが懸賞で誘っても盗みをしなくなるに違いありません。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 季康子、ちょっと考えたのでしょうね。今度は政治の具体策を問うてくることにしました。孔子はまるきり同じ答え。「為政者が盗賊の親分なのだから、国民がちっこく盗むのは仕事のうちだよね。」質問が具体的であるゆえに、もはや皮肉ではなくて返答も具体的。

 季康子の家は既に魯の政権を竊(ぬす)み、又康子は嫡子の位を奪っている。上の行うところは下がこれに傚(なら)う道理で、民が盗みを行うのは当然である。自ら反省してその源を清めなければならないのである。孔子が「不欲」ということで彼の意(こころ)を啓いたのは深い意味のあることである。(胡寅による)

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

「苟」の字は、もし本当に、という強い仮定である。イヤシクモ、という旧訓は、いまでは耳どおい日本語になっているけれども、適当な新訓を思いあたらない。また異字の問題として、苟子之不欲を、日本の本には、苟子不欲、もしくは苟不欲、とするものがある。リズムとしては、つぎの句の、雖賞之不竊が、五字すなわち五音であるから、上の句も、苟子之不欲と、五字五音であるのが、ふさわしいであろう。もっとも逆に、苟子之不欲、雖賞之不竊と、まんなかに、ひとしく「之」を含んだ対句のかたちは、やや後の時代の韻文、すなわち「楚辞」や漢代の賦のリズムに近づきすぎるおそれが、あるかも知れない。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 つまり、「現実には、おまえさん(季康子)の強欲が、民衆に「殿様が外道なんだから、おれらだって法を犯したってよかんべい」という気持ちを持たせてるんだよ」、と言いきってしまったわけで、夫子、仕官をあきらめてしまったのでしょうか。魯の上卿にこのおっしゃりようはかなり過激。


如し無道を殺して有道を就さば何如

 顔淵第十二(279~302)

297 季康子問政於孔子曰。如殺無道。以就有道。何如。孔子対曰。子為政。焉用殺。子欲善而民善矣。君子之徳風。小人之徳草。草上之風必偃。

(訓)季康子、政を孔子に問うて曰く、如し無道を殺して有道を就(な)さば何如。孔子対えて曰く、子、政を為すに焉(な)んぞ殺を用いん。子、善を欲すれば民善なり。君子の徳は風にして、小人の徳は草なり。草はこれに風を上(くわ)うれば必ず偃(ふ)す。

(新)季康子が政治のあり方を孔子に問うて曰く、如し無道の悪者を殺して、有道の善人だけの社会にすることができるでしょうか。孔子対えて曰く、貴方が政治ということをなさるつもりならば、人を殺す必要はありません。貴方が本当に善を欲するならば、人民は善くならぬはずはありません。為政者の本質を風とすれば、人民の本質は草のようなものです。草は風に吹かれれば、必ず靡くものです。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 季康子も、さすがに面と向かって孔子に非難されては鼻白んだことでしょう。孔子を困らせるような質問をしてみます。「無道の悪人を処刑することには反対できまい」という発想で提案をしてみます。

 孔子は、この三つの質問に対してすべて同じ答えを返していますね。「人のことはいいからまず自分の身をただせ」、と。今回も同じ。

 ただここで孔子の考えの一端が明確になっているのは、孔子にとって「無道」「有道」というのが人間を構成する特性としてではなくて、状況に応じて簡単に変わる現象でしかないということ。「小人の徳」というのも不思議な話(徳がないのが小人なのに)ですが、小人というものは上の人次第でどうにでも変わるのだ、という発想があるからこそ、君子は重い責任に耐えなければならないのですね。


 前条296の不欲の語を、従来は無欲と解するのが普通である。すなわち季康子が無欲ならば、人民も無欲になって盗みがなくなる、と解釈するのであるが、本条とあわせ読むと、人民は為政者の好悪に従うものであるから、季康子が盗を欲しなければ、人民も盗をしなくなる、という意味にとる方がよいと思う。さらにこの条が孔子の真意とすれば、孔子が魯に用いられて政を為すの始めに、少正卯を誅(ころ)したという話もどうやら事実が疑わしくなってくる。少正卯の説話は法家の学が成立してから後に、孔子に附会されたものであろう、というのが私の考えである。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 そういえば孔子は無道の少正卯を処刑していましたね。これこそ「権」ではないかと思います。