蜀犬 日に吠ゆ

2010-01-23

[][][]ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その6) 20:05 はてなブックマーク - ワイス、ヒックマン『ドラゴンランス』3 角川つばさ文庫(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

 巻末の図鑑で、ミシャカルの円盤が「Art by Hiroshi Yamamoto」となっているのですが、あの山本さんかなあ……わかりませんねえ。



[][][]蛇の章を読む(その17) 20:05 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その17) - 蜀犬 日に吠ゆ

再びこのような生存を受けることはない

第一 蛇の章

四、田を耕すパーラドヴァージ

 「では、ゴータマ(ブッダ)さま、この乳粥をわたしは誰にあげましょうか?」

 「バラモンよ。実に神々・悪魔・梵天とともなる世界において、神々・人間・道の人・バラモンを含む生きものの中で、全き人(如来)とかれの弟子とを除いては、この乳粥を食べてすっかり消化しうる人を見ない。だから、バラモンよ、その乳粥を青草の少ないところに棄てよ、或いは生物(いきもの)のいない水の中に沈めよ。」

 そこで田を耕すバラモン・バーラドヴァージャはその乳粥を生物のいない水の中に沈めた。さてその乳粥は、水の中に投げ棄てられると、チッチタ、チッチタと音を立てて、大いに湯煙りを立てた。譬えば終日日に曝されて熟せられた鋤先を水の中に入れると、チッチタ、チッチタと音を立て、大いに湯煙りを出すように、その乳粥は、水の中に投げ棄てられると、チッチタ、チッチタと音を立てて、大いに湯煙りを出した。

 そのとき田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは恐れおののいて、身の毛がよだち、師(ブッダ)のもとに近づいた。そうして師の両足に頭を伏せて、礼拝してから、師にいった、――「すばらしいことです、ゴータマさま。すばらしいことです、ゴータマさま。譬えば倒れた者を起すように、覆われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、あるいは『眼ある人々は色やかたちを見るであろう』といって暗闇の中で灯火をかかげるように、ゴータマさまは種々のしかたで真理を明らかにされました。故にわたくしはここにゴータマさまに帰依します。また真理と修行僧のつどいに帰依します。わたくしはゴータマさまのもとで出家し、完全な戒律(具足戒)を受けましょう。」

 そこで田を耕すバラモン・バーラドヴァージャは、師(ブッダ)のもとで出家し、完全な戒律を受けた。それからまもなく、このバーラドヴァージャさんは独りで他の人々から遠ざかり、怠ることなく精励し専心していたが、まもなく、無上の清らかな行いの究極――諸々の立派な人たち(善男子)はそれを得るために正しく家を出て家なき状態に赴いたのであるが――を現世においてみずからさとり、証し、具現して、日を送った。「生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえた。もはや再びこのような生存を受けることはない。」

 とさとった。そうしてバーラドヴァージャさんは聖者の一人となった。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 悟っちゃったよ…… まるきりブッダではないですか。仏教って、もっと厳しくて、「歴史上覚りを得たのはゴータマさんだけ!」とか言っているのかという誤解を持っていましたが、結構覚れるものなのですね。

 註は、乳粥の話。ブッダにささげられたこの乳粥は、なぜか「粗なる」要素と「微細な精気(oja)」とを二つながらに有しているので、神々には「粗い」部分が消化できず、人間には「微細な」部分が消化できないのだそうです。だから何? という疑問がチッチタ、チッチタ。

 また。

 もはや再びこのような生存を受けることはない――これはウパニシャッドの表現を受けている

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 とありますから、この節自体が、ウパニシャッドの影響下になされたものであると考えるべきなのかもしれません。とかいうと、仏教も、ウパニシャッドの一バリエーションでしかなくなる解釈だと思うのですがね。


[][][][]子路第十三を読む(その4) 19:37 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

吾れは老農に如かず

 子路第十三(303~332)

306 樊遅請学稼。子曰。吾不如老農。請学為圃。曰。吾不如老圃。樊遅出。子曰。小人哉。樊須也。上好礼。則民莫敢不敬。上好義。則民莫敢不服。上好信。則民莫敢不用情。夫如是。則四方之民。襁負其子而至矣。焉用稼。

(訓)樊遅、稼(か)を学ばんと請う。子曰く、吾れは老農に如かず。圃を為(つく)るを学ばんと請う。曰く、吾れは老圃に如かず。樊遅出づ。子曰く、小人なるかな、樊須や。上、礼を好めば、民敢えて敬せざるなし。上、義を好めば、民敢えて服せざるなし。上、信を好めば、民敢えて情を用いざるなし。夫れ是の如くんば、四方の民、その子を襁負(きょうふ)して至らん。焉んぞ稼を用いん。

(新)樊遅が田作りを教わりたいと願った。子曰く、私よりも専門の百姓に聞くがよい。次に野菜作りを教わりたいと願った。子曰く、専門の園芸家に聞くがよい。樊遅が退出したあと、子曰く、樊須という男は目の付け所が小さい。為政者が自身礼儀正しくすれば、人民は自然にそれを尊敬するようになる。為政者が正義に外れなければ、人民は自然に信服するようになる。為政者が公約に忠実ならば、人民も自然に真心で答えるようになる。これらの事が出来たなら、四方の外国の人民までが、子供を背負い、夜逃げしてでも移住してくるだろう。為政者が自ら農業に従事するなど何処に必要があろう。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 樊遅はあんまり自分が君子であるという自覚をもっていないのではないでしょうか?

 だいたい夫子は謙遜していますが、鄙事に多能でおなじみの聖人なのですから、田作りなんぞお手の物でしょうに。しかし、その子罕第九にもありますように、「君子は多からんや」、大事な根本をはっきりさせることこそ君子の役割であって、実際の労働は、それを生業にする人たちに任せるべき。

 樊遅が退出したあと、誰に向かって解説をしたのかは明らかになっていませんが、当然、「お前たちは樊遅のようになるなよ」という意味をこめての「上好云々」だったのでしょう。樊遅に対して言わなかったあたり、夫子も樊遅の器をそれなりであると判断していたのかもしれません。


 しかし、樊遅がこうして夫子のところでこういう質問をする、ということは孔夫子の「好礼」に疑問が出たりしませんかね。