蜀犬 日に吠ゆ

2010-01-24

[][][]蛇の章を読む(その18) 19:37 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その18) - 蜀犬 日に吠ゆ

四種の修行者

第一 蛇の章

五、チュンダ

八三 鍛冶工の子チュンダがいった、「偉大な智慧ある聖者・目ざめた人・真理の主・妄執を離れた人・人類の最上者・優れた御者に、わたくしはおたずねします。――世間にはどれだけの修行者がいますか? どうぞお説きください。」

八四 師(ブッダ)は答えた、「チュンダよ。四種の修行者があり、第五の者はありません。面と向って問われたのだから、それらをあなたに明かしましょう。――(道による勝者)と(道を説く者)と(道において生活する者)と及び(道を汚す者)とです。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 註より。

 チュンダ――この一連の詩句はパーヴァーにおいて師ブッダが鍛冶工チュンダ(Cunda)に説いた説法の要領を後代の人がまとめたものである。実際の説法はもっと長く行われたにちがいないが、後の人がこのように短くしかも問答体の詩にまとめたものであると考えられる。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 またチュンダさんは鍛冶工となっていますが、この職業は金銀細工人(彫金師?)を含むことから、「金属細工人」という訳も成り立つということです。

 チュンダは釈尊並びに弟子たちを招待し得たのであるから富裕な人であったにちがいない。しかしインドのカースト社会においては、鍛冶工や金属細工人は賤しい職業と見なされ、蔑視されていた。その招待を釈尊は受けいれたのである。ここにわれわれは二つの注目すべき歴史的特徴を認めることができる。(1)当時漸く富裕となりつつあったが、社会的に蔑視されていた人々は、新しい精神的な指導者を求めていた。(2)ゴータマ・ブッダの動きは当時のこの階級的差別打破の要求に応えたものであった。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 社会的な要求に呼応してゴータマさんが出てきたのか、ゴータマさんの思想が変革期にある社会にうまく結びついたのか、というのは判断がつきかねるところです。

 とにもかくにも、チュンダの質問には、そういう階級差別への疑問が隠されているのかもしれないと見ると、単に修行者の有り難さを説いても仕方がない、ということは師ブッダにも分かったことでしょう。ブッダは修行者を、そのなかで四つに分けます。

 道による勝者――maggajino ti maggena sabbakilese vijitvi ti attho. 勝者の原語はjina であるが、煩悩にうち勝った人であるから、このようにいうのだ、と南方仏教徒は解した。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 つーか、ジャイナ教徒ではないでしょうか。極端な出家をする仏教徒は、ジャイナ教徒と見分けがつかないのではないか、と思ってしまいます。

 道を説く者――註によると、他人のために道を説く人である。 maggadesko ti paresam maggam deseta.

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 おお、利他行。大乗っぽい。

 道において生活する者――これについてはブッダゴーサは二種類の解釈を挙げている。「これからまだ学ばねばならぬ人々である七衆のうちで、だれでも学ばねばならぬ人(有学)が、道に住することを完全に実行し終えていないから、出世間のうちにある持戒の凡夫が、まだ世間的な道のうちに生活していることである。あるいはまた、持戒の凡夫が、出世間的な道のために(それをめざして)生活していることからもまた(道において生活している)のであると知るべきである。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 生活とは、出家者の行ではなくて、通常の生業を営んで暮らすことをさすのでしょう。ですから、出家したのに俗世間と切れていない者、出家するつもりはあってもいまだできていない者、が、「道において生活する者」に、分類されます。

「道によって生きる者」(略)がいかなる者を意味するか、はっきりしないが、多くの本に「依道生活」(『仏般泥洹経』大正蔵、一巻一六七頁下、『般泥洹経』一八三頁下、『遊行経』一八頁中)と訳しているから、宗教者であることを一つの(生活の道)としている人、という意味であろうか(法顕訳『大般涅槃経』には出ていない)。

 いずれにしても、修行を完成していないが途中にある者のことである、と上座部は解していた。つまり(道による勝利者)よりは劣るけれども、(道を汚す者)よりは勝れているのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 「生活のために道を選んだ者」も、ここには含まれる、と。日本のお坊さん達もここにはいる人が多いとは思いますが、だからといって裸で森の中をウロウロしても、それはそれで反社会的行為になってしまいますから難しいですねえ。

 道を汚す者――悪い習性があり、悪い見解をいだき、道に背反した行いをする者である。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 もとから間違った考えで道を選んだ者は、道を汚すことになる、と。