蜀犬 日に吠ゆ

2010-01-26

[][][]諸星大二郎『闇の鶯』講談社 22:29 はてなブックマーク - 諸星大二郎『闇の鶯』講談社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 短編集。

闇の鶯 (KCデラックス)

闇の鶯 (KCデラックス)

  1. それは時には少女となりて
    • 「大島君と渚ちゃん」シリーズ。対蒙古の防塁があるということは、北九州の話だったのでしょうか。
  2. 人魚の記憶
    • 「SIREN2 MANIACS」というゲームの本にのせるために書いた本、「サイレン」「人魚」「ホラー」の三題噺。
    • いつもの食事はどうしているのでしょうね? 今回だけ特別?
  3. 書き損じのある妖怪絵巻
    • 「妖怪変化 京極堂トリビュート」に寄せた作品で、小説とリンクする四頁は今回の収録の際にカット。
      • そういうこと、気にしないイメージを勝手にもっていましたが、気にするんですね。
  4. 闇の鶯
    • 全五回。さすがに諸星先生ともなると、「自然と文明の対立」とか「共生」とかそういう手垢のついたパターンは使わないですね。
  5. 涸れ川
    • 作者自身の解題で「遠い星から」のテイストに似ていると言っていましたが、あのシリーズの「私」は訪れた土地の人間関係に深入りしないのに、この作品はコミュニティに参加するなどしているので、テイスト似ているかなあ……


[][][]蛇の章を読む(その19) 22:29 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その19) - 蜀犬 日に吠ゆ

かれら(四種の修行者)はすべてこのとおりである

第一 蛇の章

五、チュンダ

八五 鍛冶工チュンダはいった、「目ざめた人々は誰を(道による勝者)と呼ばれるのですか? また(道を習い覚える人)はどうして無比なのですか? またおたずねしますが、(道によって生きる)ということを説いてください。また(道を汚す物)をわたくしに解き明かしてください。」

八六 「疑いを超え、苦悩を離れ、安らぎ(ニルヴァーナ)を楽しみ、貪る執念をもたず、神々と世間とを導く人、――そのような人を(道による勝者)であると目ざめた人々は説く。

八七 この世で最高のものを最高のものであると知り、ここで法を説き判別する人、疑いを絶ち欲念に動かされない聖者を、修行者たちのうちで第二の(道を説く者)と呼ぶ。

八八 みごとに説かれた(理法にかなったことば)である(道)に生き、みずから制し、落ち着いて気をつけていて、とがのないことばを奉じている人を、修行者たちのうちで第三の(道によって生きる者)と呼ぶ。

八九 善く誓警を守っているふりをして、ずうずうしくて、家門を汚し、傲慢で、いつわりをたくらみ、自制心なく、おしゃべりで、しかも、まじめそうにふるまう者、――かれは(道を汚す者)である。

九〇 (彼らの特徴を)聞いて、明らかに見抜いて知った在家の立派な信徒は、『かれら(四種の修行者)はすべてこのとおりである』と知って、かれらを洞察し、このように見ても、その信徒の信仰はなくならない。かれはどうして、汚れた者と汚れていない者と、清らかな者と清らかでない者とを同一視してよいであろうか。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 反語型ですね。在家の信徒は、出家の者をきちんと判断しなければならないということでしょう。

 註

八五 道による勝者――道による勝者とはbuddhasamana のことである。これを逆に解すると、ブッダとは、世の中に多数いる修行者のうちの一種類にほかならないのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 なるほどねえ。

 ここで、目ざめた人々(buddha)が複数形であることに注意せよ。次の詩でもbuddha と複数になっている。つまり、ここの教えをシャーキヤ・ムニ(釈尊)が説いているのではない。「わたしが説くのだ!」とは言わない。そういう傲り高ぶった気持をかれはもっていなかった。ブッダたち(ジャイナ教やその他の当時の諸々の聖者たちを含めて)が説くのである。当時の聖者たちの説いていること、真理を、釈尊はただ伝えただけに過ぎないのである。かれには(仏教)という意識がなかったのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 しかし、ブッダはそうして謙遜しますが、結局後世まで残ったのはブッダの「仏教」と大勇の「ジャイナ教」ということに、歴史的にはなっているわけでして、「やっぱりブッダはすげえなあ」、というのが結論。

八六 安らぎ(ニルヴァーナ)――nibbana.

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 「ル」はどこに?

 ここでは、チュンダに対する説法として、四種類の修行者のことが説かれているのであるが、チュンダのことを詳しく説いているMhp.(『ブッダ最後の旅』岩波文庫、一〇八頁以下)には、右の説法が出ていない(『仏般泥経』、『般泥洹経』には大体散文のかたちで伝えているが、これは漢訳者が詩の内容を取意して散文で記したのであろうと考えられる。初期の漢訳者は、直訳するよりも、むしろ趣意を伝えることに力を注いでいた)。ところでパーリ本だけがその際の説法の内容を伝えていないのはなぜかということが問題となるが、他の場合でも説法の内容を省いてしまっていることが多いので、均斉をたもつために、ここでも省いてしまったのであろう。しかし他の諸本には内容が伝えられているから、実際にそのような説法がなされたのは事実であろう。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 事実と断定してよいのでしょうかねえ。いまだにブッダの事蹟の歴史的な確認というのは難しかったはず。仏典だけの比定では断言するには弱いのではないでしょうか。

 当時、「世の中には(道の人)(修行者sramana)と称する人々が多勢いるなあ」という感情をこめて、ゴータマ・ブッダが四種の区別を説いたのであるとすると、われわれはその情景を思い浮べることができる。有力な金属工は最新の技術を獲得し、また製品を売却するために種々の種類の人々と接触したであろうし、またかれが富裕であるならば多くの宗教者が近づいてきたにちがいない。だからこそブッダは真偽の見定めを説いて教えたのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 営業妨害だったのか! これは気づきませんでした。

 ところでゴータマ・ブッダがどの生き方を最上と見なしたかは不明であるが、文脈から見ると(道による勝者)または(道に生きる者)を特に尊んでいたようである。かれは特殊な哲学説や、形而上学説を唱道したのではない。人間としての真の道を自覚して生きることをめざし、生を終るまで実践していたのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 ゴータマさんの生き方の理想が不明、って、仏教大丈夫でしょうか。


[][][][]子路第十三を読む(その7) 20:41 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

善く室に居る

 子路第十三(303~332)

310 子謂公子荊。善居室。始有曰。苟合矣。少有曰。苟完矣。富有曰。苟美矣。

(訓)子、衛の公子荊(けい)を謂う、善く室に居る、と。始めて有るや曰く、苟くも合せり、と。少しく有れば曰く、苟くも完し、と。富有なれば曰く、苟くも美なり、と。

(新)公子が衛の公子荊を、家庭に安住しておれる人だと評した。初めて家を持った時に曰く、何とか間にあっています。少し豊かになった時に曰く、何とか揃ってきました。大いに富裕になった時に曰く、何とか恥ずかしくない程度になりました。(そして何時も満足していた。)

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 謙遜も、ただ卑下すればいいというわけではなくて、そのときどきに応じてやりようがあるという話ですね。しかもそれは、何より当人の素直な気持ちから発されていなければ見透かされてしまうわけで、意識してする謙遜などは、逆に尊大に響くということでしょう。

 分相応ということが、その人の生活態度からも、話しぶりからも、察せられるということで夫子のお褒めを預かったのでしょう。