蜀犬 日に吠ゆ

2010-02-01

[][][][]子路第十三を読む(その12) 19:29 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ

一言にして以て邦を興すべきはこれあるか

 子路第十三(303~332)

317 定公問。 一言而可以興邦。有諸。孔子対曰。言不可以若是。人之言曰。為君難。為臣不易。如知為君之難也。不幾乎一言而興邦乎。曰。一言而喪邦。有諸。孔子対曰。言不可以若是。其幾也。人之言曰。予無楽乎為君。唯其言而莫予違也。如其善。而莫之違也。不亦善乎。如不善。而莫之違也。不幾乎一言而喪邦乎。

(訓)定公、問う。一言にして以て邦を興すべきはこれあるか。孔子対えて曰く、言は以て是の若くなるべからずも、其れ幾(ちか)きか。人の言に曰く、君たるは難く、臣たるは易からず、と。如し君たるの難きを知らば、一言にして邦を興すに幾(ちか)からずや。曰く、一言にして邦を喪(ほろ)ぼすもの、これありや。孔子対えて曰く、言は以て是の若くなるべからざるも、其れ幾きか。人の言に曰く、予れ君たるよりも楽しきはなし。唯だ其れ言うのみにして、予れに違うなきなり、と。如し其れ善くしてこれに違うなくんば、亦た善からずや。如し善からずして、これに違うなくんば、一言にして邦を喪ぼすに幾からずや。

(新)魯の定公が尋ねた。一言にして国を興すような言葉がありますか。孔子対えて曰く仰ることにそのままぴたりとはまるお答えは出来かねますが、いくらかそれに近いことを申上げることは出来ます。よく言われる言葉に、君主となるのむつかしいことだし、臣下となる方も容易ではない、というのがあります。如し、君主となるのはむつかしいということを悟りましたならば、一言にして国を興すと言って言えぬことはありますまい。曰く、一言にして国を亡ぼすような言葉がありますか。孔子対えて曰く、仰ることにそのままぴたりとはまるお答えは出来かねますが、いくらかそれに近いことを申上げることは出来ます。よく言われる言葉に、君主になるより楽しいことはないと悟った、ただ私の言う通りに、誰も従わぬ者はないからだ、というのがあります。もしその言うことが善くて、誰もそれに従わぬ者がないのなら、、それもまた結構なことです。しかし、もし其の言うことが悪くて、しかもそれに従わぬ者がなかったなら、それこそ一言にして国を亡ぼすと言って言えぬことはありますまい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 政治という、あやふやでつかまえどころがなく、それでいて多くの人をいやおうなく巻き込む力を持った重大事を、「一言でまとめると、つまりどういうこと?」とか聞いてくる時点で定公の見識が疑われるところではありますが、まさか君主に対して「もう少し勉強してから出なおしなさい」とは言えませんから、孔子も言葉を工夫してこたえています。

 「まあ、だいたい近いと思われるような言葉はあります」というのは、遠回しに言っているだけで、「そんな言葉はないよ」という意味なのですが、案の定、定公には全然通じていないところが涙を誘います。定公は、しかし孔子を採用して三桓氏と争わせたりしたので人を見る目はあったようです。

 内容については、「慎重に政治を執れば国が栄える、無軌道を強制すれば亡ぶ」ということで、単純なのですが、定公への政治批判にならぬよう、「よく言われている言葉ですが」と前置きしてこちらも遠回しに言うあたりが孔子の工夫なのでしょう。