蜀犬 日に吠ゆ

2010-02-01

[][][]蛇の章を読む(その23) 19:57 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その23) - 蜀犬 日に吠ゆ

いったい賤しい人とはなにか


第一 蛇の章

七、賤しい人

 わたくしが聞いたところによると、――あるとき師(ブッダ)は、サーヴァッティーのジェータ林、(孤独な人々に食を給する長者)の園におられた。そのとき師は朝のうちに内衣を着け、鉢と上衣とをたずさえて、托鉢のためにサーヴァッティーに入った。

 そのとき火に事えるバラモン・バーラドヴァージャの住居には、聖火がともされ、供物(そなえもの)がそなえられていた。さて師はサーヴァッティーの中を托鉢して、かれの住居に近づいた。火に事えるバラモン・バーラドヴァージャは師が遠くから来るのを見た。

 そこで、師にいった、「髪を剃った奴よ、そこにおれ。にせの(道の人)よ、そこにおれ。賤しい奴よ、そこにおれ」と。

 そう言われたので、師は、火に事えるバラモン・バーラドヴァージャに言った、「バラモンよ。あなたはいったい賤しい人とはなにかを知っているのですか? また賤しい人たらしめる条件を知っているのですか?」

 「ゴータマさん(ブッダ)。わたくしは人を賤しい人とする条件をも知ってないのです。どうか、わたくしが賤しい人を賤しいとさせる条件を知り得るように、ゴータマさんはわたくしにその定めを説いてください。」

 「バラモンよ、ではお聞きなさい。よく注意なさい。わたくしは説きましょう。」

 「どうぞ、お説きください」と、火に事えるバラモン・バーラドヴァージャは師に答えた。師は説いていった、

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 バーラドヴァージャさん、再び登場。田を耕すバラモン・バーラドヴァージャと同一人物なのかは解りません。

 知らないでいきなり、ゴータマさんに「賤しい人」とか呼びかけたのだということはないでしょう。おそらく、托鉢の姿とかなにかバラモン教の基準自体はあるのでしょうから論争すればいいのに。

 サーヴァッティーとは「舎衛城」、ジェータ林は「祇園」ですね。(「六、破滅」

 註

 賤しい人――vasala. outcaste といわれ、インドのどの階級にも属さない最も卑しい人々をいう。同じ語が『マヌ法典』でも用いられている。

 髪を剃った奴よ――mundaka! 「剃髪している者よ」の意。

 そこにおれ――剃髪した修行者が神聖な火に近づくと、火が汚されると思ったのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 まるで拝火教徒ですが、バラモン教やウパニシャド思想家にもこういう一派がいたであろうことは、手塚治虫『ブッダ』でもそんな兄弟が登場することからも分かります。