蜀犬 日に吠ゆ

2010-02-02

[][]劉伶の話~~『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社 20:36 はてなブックマーク - 劉伶の話~~『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 わたくし母里が尊敬する劉伶の事蹟を書き留めておきます。

中国古典文学大系 (9)

中国古典文学大系 (9)

 『世説新語』より

任誕篇 第二十三

 劉伶は二日酔いで、のどがひどくかわいたので、妻に酒を求めた。妻は酒をすて、酒器をこわし、泣きながら諫めた。

 「あなたはあまりにも飲みすぎです。養生の道からはずれています。どうぞ、きっぱり酒を断ってください」

 劉伶はいった。

 「たいへん結構だ。だが、わしは自分の力では禁酒できないから、ひたすら神に祈り、誓いを立てて断つよりほかはない。すぐ酒と肉とをととのえてくれ」

 妻は答えた。

 「かしこまりました」

 神前に酒肉を供え、劉伶に願をかけるようにうながした。劉伶はひざまずいて祝詞をあげた。

 「天は劉伶を生みたまい、酒をもって名を成さしむ。一たび飲めば一斛、五斗ならば悪酔いざまし。婦人の言は、心して聞くべからず*1

 そのあとすぐ酒を引きよせ肉を食い、陶然としてすっかり酔っぱらってしまった。

『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 ブレがない。

任誕篇 第二十三

 劉伶はいつも酒に酔っぱらって奔放なふるまいをした。時には衣服をぬぎ裸になって家の中にいた。ある人がこれを見てそしると、劉伶はいった。

 「わしは天地をば家とし、家屋をばわが衣、わが褌*2と心得ている。諸君はなぜわしの褌*3の中に入りこんでくるのだ*4

『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 まあ人からどう見られても気にしない人であったようです。

容止篇 第十四

一三

 劉伶身長が六尺どまりで、容貌はひどく醜くやつれていたが、ゆうゆうとして一切に無頓着であり、肉体を土木のように見なしていた*5

『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

文学篇 第四

六九

 劉伶*6は「酒徳頌*7」をあらわしたが、それはかれの心意気を託したものであった。

『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 文選に採られたのであれば立派なものです。まあそんな権威づけをしなくても、十分立派な人ですがね。

任誕篇 第二十三

 陳留の阮籍、譙国の嵇康、河内の山濤の三人は、いずれも年齢が接近しており、嵇康だけが若くてこれに次いでいた。かれらの交遊にあずかったものは、沛国の劉伶、陳留の阮咸、河内の向秀(しょうしゅう)、琅邪(ろうや)の王戎であった。この七人はいつも竹林のもとに集まり、心ゆくままに酒を飲んで楽しんだ。だから世にこれを竹林の七賢といった。

『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 「清談」するわけですね。

賞誉篇 第八

二九

 竹林の賢人たちには、それぞれ俊才の子があった。 阮籍の子の渾(こん)は人物の規模が荘大であり、嵇康の子の紹は世俗を超えた清らかさと端正さをもち、山濤の子の簡は物事にこだわらず高尚素朴であった。阮咸の子の瞻は虚心平静で遠大の志をもち、その弟の孚(ふ)はさっぱりとして物にこだわりがなく、向秀の子の純と悌とはいずれも上品で清らかな趣があり、王戎の子の万子は大成の風格をもちながら不幸にして夭折した。ただ劉伶の子だけは世に聞こえるものがなかった。

 これらの子のうちでは、阮瞻がとびぬけて第一等に位するが、嵇紹や山簡もまた当世に重んぜられた。

『世説新語・顔氏家訓』中国古典文学大系 平凡社

 というのも人徳ですなあ。とにかく、すべてがすばらしい、それが劉伶です。


[][][]蛇の章を読む(その24) 21:48 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その24) - 蜀犬 日に吠ゆ

かれを賤しい人であると知れ

 前回の終わりから。師ブッダが「賤しい人」とな何かを解きます。

第一 蛇の章

七、賤しい人

 「バラモンよ、ではお聞きなさい。よく注意なさい。わたくしは説きましょう。」

 「どうぞ、お説きください」と、火に事えるバラモン・バーラドヴァージャは師に答えた。師は説いていった、、

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

第一 蛇の章

七、賤しい人

一一六 「怒りやすくて恨みをいだき、邪悪にして、見せかけであざむき、誤った見解を奉じ、たくらみのある人、――かれを賤しい人であると知れ。

一一七 一度生まれるもの(胎生)でも、二度生まれるもの(卵生)でも、この世で生きものを害し、生きものに対するあわれみのない人、――かれを賤しい人であると知れ。

一一八 村や町を破壊し、包囲し、圧制者として一般に知られる人、――かれを賤しい人であると知れ。

一一九 村にあっても、林にあっても、他人の所有物をば、与えられないのに盗み心をもって取る人、――かれを賤しい人であると知れ。

一二〇 実際には負債があるのに、返済するように督促されると、『あなたからの負債はない』といって言い逃れる人、――かれを賤しい人であると知れ。

一二一 実に僅かの物が欲しくて路行く人を殺害して、僅かの物を奪い取る人、――かれを賤しい人であると知れ。

一二二 証人として尋ねられたときに、自分のため、他人のため、また財のために、偽りを語る人、――かれを賤しい人であると知れ。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 これも、やはり通俗道徳に過ぎないのではないでしょうか。もう一歩、通俗の道徳を成り立たせている理論へ抽象化してもらいたいものですねえ。

 註。一一七。

 ここではあわれみ(daya)を重んじている。この見解によると、「鳥獣を殺すこと」はすべて善くない、悪なのである。仏教の説く不殺生は、人間を殺してはならぬということが第一であるが、理想としては生きものをすべて殺さぬことをいう。不殺生の思想はジャイナ教のみならず、バラモン教にも部分的に存し、叙事詩においても説かれているが、仏教はそれを受けたのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 一一八 国王とか将軍というものは、一般に侵略者であるが、仏教は伝統的に国王や武士を嫌悪していたが、その態度がここに見られるのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 自分がクシャトリヤだったことが無関係ではありますまい。出家出世しなければ、こうした悪に手を染めていたという恐れがあったのでしょう。

 一一九

 仏教やジャイナ教の起ったビハールやウッタル・プラデーシ州には、山というものがない。ただ、のっぺらぼうな平野がつづいているだけである(ビハール州には稀に山岳の見えるところがあるが)。だから、村ならびに耕地の外には林があるだけである。そこで、このような表現が成立しうるのである。

 仏教では国王と盗賊とは本質的に区別のないものであると考えていた(この点ではシナの墨子と共通である)。だから、第一一八詩で国王を非難し、つづけて盗賊を非難しているのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 なるほど。しかし中国の盗賊というのは大きく反乱軍のようなものも指しますし、「まつろわぬ民」という感じでもありますからね。

 国王と盗賊は区別がない、どころか大盗賊の首魁が狙うのは天下であり、それが成功した事例もしばしばあるとなっては、国王とは(シナでは皇帝)そのまま盗賊といっていい場合もあるのです。

 師ブッダがいうのはもうすこし理念的に、自らは働かず、暴力を背景にして税と称する財産の強奪を行うてんで国王や武士は盗賊であるというのでしょうね。

一二〇 当時は、貨幣経済が発展し、金銭の貸借関係も成立していたために、このような教えが成立したのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

一二一 盗むために人を殺すなどというのはもってのほかである。インドでは旅人を襲って殺す山賊は、他国に較べて比較的に少かった。山賊は現代に至るまで存在したが、人を殺す割合は低かった。しかし、山賊がいたことは事実であるから、それがここに反映しているのである。現代インドでも若干の峠は盗賊の出る名所として知られている。古代インドにおいてはなおさらであったろうから、それを戒めているのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 一二二

 インドでは、日常生活のうちに法律の果たす役割は少かった。西アジアやヨーロッパに比べて法廷はさほど大きな意義をもっていなかった。そこで「偽証をなすなかれ」という教えの説かれることは少かった。その稀な事例の一つがここに見られるのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 インドは宗教の文明であるとも言われますからね。人間のつくり出した約束事を軽んじたりするのでしょうか。



[][][][]子路第十三を読む(その13) 21:06 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ

近き者説べば、遠き者来る。

 子路第十三(303~332)

318 葉公問政。子曰。近者説。遠者来。

(訓)葉公(しょうこう)、政を問う。子曰く、近き者説(よろこ)べば、遠き者来る。

(新)葉公が政治のやり方を尋ねた。子曰く、近い者が悦ぶような政治をすれば、遠方の者まで懐いてくるものです。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 其の身を正しく其の身正しければ北辰の同工異曲と言えましょう。ここでは、民が逃げず、むしろ隣国から慕って集まってくるような政治、という具体的な結果で説明しています。

 個人的な人間関係であるとすると、朋あり遠方より来る、との関連もうかがえますね。朋を、故人すなわち古くからの友人とは違う、同じ理想をいだく者とする解釈からするとますます関連が深まりそうです。

*1:天は劉伶を…… 原文は「天は劉伶を生み、酒を以て名と為す。一飲一斛、五斗酲を解く。婦人の言は、慎みて聴く可からず」とある。」

*2:本文では「巾」偏。(母里による註)

*3:前註に同じ。(母里による註)

*4:わしは天地をば…… 原文は「我は天地を以て棟宇と為し、屋室をば褌衣と為す。諸君は何為(なんす)れぞわが褌中に入れるや」とある。

*5:ゆうゆうとして…… 原文は「悠悠忽忽として、形骸を土木にす」とある。「形骸を土木にす」は『荘子』大宗師篇のことば。

*6劉伶 字は伯倫。沛国(安徽省)の人。西晋の建威参軍となったことがあるが、生涯を酒楽のうちに送った。阮籍・嵇康と親交し、竹林七賢の一人。

*7:「酒徳頌」 酒の効用を讃美したもの。『文選』巻四十七に収められている。