蜀犬 日に吠ゆ

2010-02-04

[][][][]子路第十三を読む(その15) 20:00 はてなブックマーク - 子路第十三を読む(その15) - 蜀犬 日に吠ゆ

父は子の為に隠し、子は父の為に隠す

 子路第十三(303~332)

320 葉公語孔子曰。吾党有直躬者。其父攘羊。而子証之。孔子曰。吾党之直者異於是。父為子隠。子為父隠。直在其中矣。

(訓)葉公、孔子に語りて曰く、吾が党に直躬(ちょくきゅう)なる者あり。其の父、羊を攘(ぬす)む。而して子、これを証せり。孔子曰く、吾党の直き者は是に異なり。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の中にあり。

(新)葉公が孔子に話した。私の領内に正直で名を取った者があって、その父が羊を盗んだときに、子がその事実を証言しました。孔子曰く、私の町内の正直者はそれとは全く違います。子に悪い点があれば父が匿してやり、父に悪い点があれば子が匿してやります。それが自然の性質に正直に従った行為と言うべきではありませんか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 正直であることを、「善」であるとはしないのでしょうねえ。

 加地先生は刑法を引きます。

刑法

(犯人蔵匿等)

第一〇三条 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。

(証拠隠滅等)

第一〇四条 他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、二年以下の懲役又は二十万円以上の罰金に処する。

(親族による犯罪に関する特例)

第一〇五条 前二条の罪については、犯人または逃走した者の親族がこれらの者の利益のために犯したときは、その刑を免除することができる。

(証人等威迫)

第一〇五条の二 自己若しくは他人の刑事事件の捜査若しくは審判に必要な知識を有すると認められる者又はその親族に対し、当該事件に関して、正当な理由がないのに面会を強請し、又は強談威迫の行為をした者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。

『新六法』三省堂 2002

 「隠滅」かぁ…… (母里は「堙滅」が好き。) こういう法規があるということが、東アジア特有の文化なのかは知りませんが、日本のこれは儒教の影響と言ってもいいのでしょうね。

 こういう話は、下村湖人先生の解釈を聞くのが一番。

孔子と葉公

「(略)あなたは人民の正しいことをご主張なさるために、ただいまのような例をお挙げになりましたが、実は二人の人民のうち、一人は泥棒で、一人は訴人(そにん)であるということをお述べになったにすぎません」

 葉公は、半ば口を開いたまま、ぐったり椅子に腰を下ろした。

「しかもその訴人というのは、肉親の父を訴えた人間です。お国では、そんな人を正しいというのかもしれませんが、私の郷国で正しい人間というのは、まるでそれとはちがっています。父は子のために悪いことを隠してやり、子は父のために悪いことを隠してやる、それが人間の本当の正直さだと、だれも彼もが信じきっています。あなただっって、無理に私に勝とうとなさるお心さえ取り除いて下されば、きっとおなじようなお考えにおなりだと存じますが……」

 葉公は色青ざめて、瞼を神経質にふるわしていた。

「人間の正しさは、人間相互の愛を保護して育てていくことにあるのです。法律も法律なるがゆえに正しいのではなく、それが人間と人間との関係を、愛に満ちたものにすることができる限りにおいて、正しいのです。このことをけっしてお忘れになってはなりません。ことに、親子の愛は愛の中の愛であり、人間界のいっさいのよきものを生み出す大本なのです。それを法律の名によって、平気で蹂躙することを許すような国に、正しい道が行われていよう道理はありません」

 孔子の言葉は、一語より一語へと厳粛になっていった。

下村湖人『論語物語』講談社学術文庫

 人間の善いところをのばし、悪いところを抑えるのが法の役割であり目的であるのですから、法に合わせて心を歪めてはいけないのです。