蜀犬 日に吠ゆ

2010-02-18

[][][]蛇の章を読む(その34) 20:35 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その34) - 蜀犬 日に吠ゆ

立派な人のこころは

第一 蛇の章

九、雪山に住む者

一五三 七岳という神霊(夜叉)がいった、「今日は十五日のウポーサタである。みごとな夜が近づいた。さあ、われわれは世にもすぐれた名高い師ゴータマ(ブッダ)にお目にかかろう。」

一五四 雪山に住む者という神霊(夜叉)がいった、「このような立派な人のこころは一切の生きとし生けるものに対してよく安立しているのだろうか。望ましいものに対しても、望ましくないものに対しても、かれの意欲はよく制されているのであろうか?」

一五五 七岳という神霊は答えた、「このような立派なかれ(ブッダ)のこころは、一切の生きとし生けるものに対してよく安立している。また望ましいものに対しても、望ましくないものに対しても、彼の意欲は能く制せられている。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 こんどは夜叉たちが師ブッダを尋ねることになりそうです。

 註

 雪山に住む者――Jemavata. この経典の別名をSatagira-sutta ともいう。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 七岳と雪山に住む者は、ことなる夜叉なのですね。

一五三 七岳という神霊(夜叉)――その原語は Satagira Yakkha であるが、『別訳雑阿含経』第十五巻(大正蔵、二巻、四八三頁下)にある訳語に従う。註釈によると中インドのサータ山に住んでいた神霊である(略)。Hemavata も Satagira もヤッカ王(yakkharaja)である。ヤッカ(yakkha 夜叉)はもとは心的存在、霊的存在を意味した。しかし後には「夜叉」という音訳の示すように、鬼神の一種であり、北方の神であるクヴェーラ(Kuvera=Vessavana 毘沙門天)の配下に属すると考えられた。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 以下において(「雪山に住む者」という神霊(夜叉)がいった)というふうにしておいたのは註による。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 十五日――太陰暦の第十五日、すなわち満月の日。

 ウポーサタ――現在南方アジアの仏教諸国の民衆の間で最もひろく行われている行事はウポーサタである。ウポーサタ(uposatha、(布薩)と音写)とはウパヴァサタ(upacasatha)の訛った名称であるが、ウパヴァサタとはヴェーダの祭においてはソーマ祭の準備の日である。これを受けて仏教興起の時代には主要な行動のために準備をすることがウポーサタと呼ばれていたらしい。

 主要な行動を起すために準備することをウポーサタといい、牧牛者を含めて世人の行っていたものと、ニガンタすなわちジャイナ教徒の行っていたものと二種類あった。

 仏教興起時代のジャイナ教徒は月に二回ポーサハ(=ウポーサタ)の日に食物と、身体をかざることと、性的関係と日常の職業活動とを断って斎戒を守るという。そうしてこれを実行すると、霊的存在(ヤッカ)と神秘力を共にし得るに至ると考えていた。

 仏教は、当時一般に行われていたウポーサタの行事をとり入れて、徐々に実質的な変更を行った。伝説によると、釈尊はビンビサーラ王の勧めによってウポーサタの行事を行うようになったのだという。釈尊の教化期の前半における出来事であった。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 またしてもジャイナ教ですか。

 仏教では出家者のウポーサタは半月に一回行ったが、最も主要なものは満月の日に行う。すなわたい満月新月の日に、出家した僧侶は一同に会して戒律の個条(oatimokkha)を読み、罪を懺悔する。これに対して在家信徒は半月に三度ウポーサタを行なった。信徒はその日に八つめの戒めを守り、説法を聞き、断食し、僧尼に食物を給するのが古来習わしであった。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 出家者が半月に一度斎戒するのに、在家が半月に三回では、在家の方が清らかな生活をしていることになりませんか。出家者は普段から戒律に従っているから構わないのでしょうか。

 古い聖典によると、ウポーサタのときに五百人の比丘が集まったとか、或る説法の時には千人以上のビクが集まったという。この記述には誇張もあるであろうが、かなり多くの修行僧が集まったのであろう。アショーカ王の詔勅によると、在俗信者はウポーサタの度ごとにその儀式に詣でるのみならず、政府の大官(mahamatra)はそこに詣でるべきであると定めている。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 現在の南方仏教においては、ウポーサタというと、戒律個条(パーティモッカ)の暗誦読誦が中心となっているが、その暗誦読誦は、最初期の仏教においては行われていなかったと断定できる。その理由は、(1)諸々の経典の中でウポーサタの内容として説かれているものは、非常に精神的な修養であって、暗誦には言及していない。これは当時の一般宗教の間で行われていたものに対応する。(2)戒律個条の数は諸派によって一定していない。それらの原型があったと考えられるので、それらに共通のものをとるとビクの戒律個条がほぼ二百くらいはあるであろうが、しかし、それも最初の時期からあったものではない。その証拠には、最古の聖典である本『スッタニパータ』において戒律個条(パーティモッカ)として挙げられているものは極めて簡単なものである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 人ごとみたいに。この本が『スッタニパータ』でしょうが。

 みごとな――divya. 原義は「輝かしい」「天の」。'himmlisch hell'(Neumann)という訳は、原義をすべて生かしている。'lovely'(Fausboll; Chalmers).

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

一五四 意欲――samkappa. ――'mind'(Chalmers). 普通「思惟」と訳すが、これはむしろ「意欲」と訳したほうがよいであろう。貪りと嫌悪とによって生起する。 ragadosavasena samkappa uppajjeyyum(Pj.Ⅱ, p/202, l.19.). 次行の訳に見られるように、ノイマンは「思惟」という性格を全然認めていない。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫