蜀犬 日に吠ゆ

2010-02-19

[][][][]憲問第十四を読む(その6) 19:57 はてなブックマーク - 憲問第十四を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

君子にして不仁なる者はあるかな

 憲問第十四(333~379)

339 子曰。君子而不仁者有矣夫。未有小人而仁者也。

(訓)子曰く、君子にして不仁なる者はあるかな。未だ小人にして仁なる者あらざるなり。

(新)子曰く、教養ある文化人で通っている人の中には、ひどい食わせ者がいるものだ。しかし始めから小人物と言われている人の中に人格者のいたためしはない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 普通の人が他人を評価するとき、長所よりも短所をあげつらいたくなるものです。ですから、そうした不仁をうまく隠して君子でございと罷り通る者がでます。人は、短所のないことを見てその人を評価することができなくなるからです。

 また、世の中の人たちに自分の真の実力が認められないと嘆く人たちは、こんどは自分の短所に目をつぶってよいところを強調したがるわけです。ですから本人は不遇のつもりでも、まあまあ妥当なところに落ち着く。世間に知られずこんな英雄が埋もれていた、ということはないといってよろしいのでしょう。


これを愛しては能く労うなからんや

 憲問第十四(333~379)

340 子曰。愛之能勿労乎。忠焉能勿誨乎。

(訓)子曰く、これを愛しては能く労(ねぎら)うなからんや。忠ならば、能く誨(おし)うるなからんや。

(新)子曰く、愛する友人に対しては、いたわってあげずには居られない。心からの友達ならば、忠告せずには居れない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 友人が疲れているとき、過ちに踏み込もうとしているとき、遠慮せずにいたわったり忠告せよ、という話。というはなし。