蜀犬 日に吠ゆ

2010-02-25

[][][]蛇の章を読む(その36) 20:22 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その36) - 蜀犬 日に吠ゆ

かれは欲望の享楽に耽らない

第一 蛇の章

九、雪山に住む者

一六〇 雪山に住む者という神霊がいった、「かれは欲望の享楽に耽らないだろうか? その心は濁っていないだろうか? 迷妄を超えているだろうか? 諸々のことがらを明らかに見とおす眼をもっているだろうか?」

一六一 七岳という神霊は答えた、「かれは欲望の享楽に耽らない。またその心は濁っていない。すべての迷妄を超えている。目ざめた人として諸々のことがらを明らかに見とおす眼をもっている。」

一六二 雪山に住む者という神霊がいった、「かれは明知を具えているだろうか? 彼の行いは全く清らかであろうか? かれの煩悩の汚れは消滅しているであろうか? 彼はもはや再び世に生まれるということがないであろうか?」

一六三 七岳という神霊は答えた、「かれは明知を具えている。また彼の行いは清らかである。かれのすべての煩悩の汚れは消滅している。彼はもはや再び世に生まれるということがない。」

一六三a (雪山に住む者という神霊がいった)、「聖者の心は行動とことばとをよく具現している。明知と行いとを完全に具えているかれを汝が讃嘆するのは、当然である。」

一六三b 「聖者の心は行動とことばとをよく具現している。かれに、そなたが随喜するのは、当然である。」

一六四 (七岳という神霊がいった)、「聖者の心は行動とことばとをよく具現している。さあ、われらは明知と行いとを完全に具えているゴータマに見えよう。」

一六五 (雪山に住む者という神霊がいった)、「かの聖者は羚羊(かもしか)のような脛があり、痩せ細って、聡明であり、少食で、貪ることなく、森の中で静かに瞑想している。来たれ、、われらはゴータマ(ブッダ)に見えよう。

一六六 諸々の欲望をかえりみることなく、あたかも獅子のように象のように独り行くかれに近づいて、われらは尋ねよう、――死の縛めから解き放たれる道を。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 註。

一六一 欲望の享楽に耽る――kamesu rajjati. 者に執著して欲しがったりしない、という意味に註釈は解している。

 kamu ti vatthukama. ……n'eva kamesu rajjati, na vyapadena avilacitto(Pj,Ⅱ, p.205 ll.2-13).しかし vyapadena 云々は本文の中に出てこない。ここでは、男女間の性の享楽に言及しているのではなかろうか。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 根拠はなさそうですがね。

 以上においては、(これこれのことをしてはいけない)という教えが雑然と説かれている。まだ体系化されていない。五戒や十善の体系ができる以前のものであることが解る。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 これは十善戒に対応しているという予想は外れ。そのもとになった、とは言えるのかもしれませんが。

一六二 煩悩の汚れ――第八二詩に対する註参照。

 明知(vija)があり、行いが全く清らかである(samsuddhacarana)ということから、後には、仏は「明行足」(vijacarana-sampanna)であるとされて、それが仏の十号の一つとなった。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

一六三a 聖者の心は……――若干の写本にのみ存する。註も言及している。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 仏教では、心・口・意の三業というのが一般である。ところが、ここでは「心(citta)は行動(kamma)とことば(vyappatha)とを具現している」という。身・口・意という成句のでき上る以前の段階を示し、(心)が中心的な原理という主体性を示している。ジャイナ教は、外にあらわれた行動を重視するのに対して、仏教は心の中の思いの如何を重視するという区別があるということを、ジャイナ教のほうでは主張していたが、その特徴がここにはっきりと出ている。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 いよいよジャイナ教徒の訣別のときですね! ジャイナ教は行動を見、仏教は心を見る。

 羚羊のような脛があり、痩せ細って――enijamgham kisam……. これは、すでにこの時代から、ブッダの身体の理想的なすがたとされていた。すなわち、脛がアイネーヤ鹿王のごとくである。足の腓(こぶら)が繊細で円満なることは、鹿王の足のごとくである。「腨如鹿王相」ともいう。Skrt. ayata-padaparsni(中村『仏教語大辞典』上巻、四七三頁中)。これは後代には三十二相の一つとなった。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 腓(こぶら)はこむら。中村先生って、どこの出身?

 とにかくいよいよ次回は真打(師ブッダ)が登場!