蜀犬 日に吠ゆ

2010-03-23

[][]お金って、あるところにはある~~清松みゆき『混沌魔術師の挑戦』富士見ドラゴンブック 23:32 はてなブックマーク - お金って、あるところにはある~~清松みゆき『混沌魔術師の挑戦』富士見ドラゴンブック - 蜀犬 日に吠ゆ

 第二巻。だんだんキャラクターが固まってきたので面白くなってきました。

 というかGMがキャラクターの設定を外濠から固めてゆく。うぅ。こんなマスタリングは、わたしにはレベルが高いなあ。事前にいろいろ設定を出しても、矛盾を指摘されて破綻しそう。

  1. 結婚するって本当ですか?
    • アーチーが錬金術師アーリアとお見合い。
    • スイフリー「もし、アーチボルトが悪い女に騙されているのだったら大変だ。」GM(理屈をつけたもんだな)
    • 著書(ちゅうちょ)は誤植かしらん。
    • NPC を印象づけるにはこーゆー手が一番
      • ためになります。
    • スイフリー「あ、そうか。盗賊ギルドは不介入の立場を取ったんだ。」
      • 洞察力がすごすぎる。
    • スイフリー&パラサ「濡れ衣だ!」
      • 面白すぎる。
    • アーチーの性格設定、人間中心主義。仲間を特別扱いするのか、冒険を通して視野を広げていくのか、そういうのがキャンペーンのテーマの一つになるのでしょうか? 『デーモン・アゲイン』ではあんまり語られていませんでしたね。
  2. 混沌魔術師の挑戦
    • GM「現金か魔法の品物か、どちらがいい?」ほぼ一同「魔法の品物」レジィナ「品物しだい」残り一同「そ、そうだ、品物しだいだ」
      • レジィナ冷静。でも、これはわたしも言ったことある。張り合うようなことではないですが。
    • アーチー「悪い魔術師が邪悪な魔道書を求めて危険な遺跡で待っている、か」
    • パラサ「そこは人情」グイズノー「ということはグラスランナーやエルフには関係ない?」 しばし沈黙。
      • グイズノーは、普段の陰も薄いし、変なことを言うし、不思議な立ち位置ですよねえ。
    • スイフリー「さすがやなあ。ゲームマスター、ここまで考えてアイテムを用意してたか。」 してない。
      • 想定外のアイデアでプレイに深みが出る。すばらしい。
    • グイズリー「『ええ? もう洗ってしまいました。』」
      • グイズリーの冗談は、出鱈目な上に笑えない、下手するとシナリオを壊す危険がある、いやなプレイですねえ。まあ、そういうのを捌いてこそのマスタリングなのかもしれませんが、商用のセッションでは、ちょっとやり過ぎ。
    • 部屋は十個か……。昔はもっときばって、広いダンジョン作ったりしたもんだけどなあ。今はこの程度。
      • 年をとると持久力が無くなるのですか……悲しいですが、これが現実。
  3. 虎と少女とサーカス団
    • スイフリー「ストーリーを先読みしてみた」アーチー「先読み……根拠なき憶測と言ったほうが正しいような」
      • こういうのは、難しい。ミステリものは情報を多くするためにPCの自由を制限する傾向がありますからね。もっと難しいのは、こういう突発の発想が、もとのシナリオより面白そうだったときでしょうか。
    • アーチー「真犯人を動機から探してみようか」
      • 本格派! しかし、思うにRPGで本格ミステリって、難しい。
    • さすがだスイフリー


[][][]蛇の章を読む(その42) 20:45 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その42) - 蜀犬 日に吠ゆ

諸々の尊敬さるべき人が安らぎを得る理法を信じ

第一 蛇の章

一〇、アーラヴァカという神霊

一八三 「ひとはいかにして激流を渡るのであるか? いかにして海を渡るのであるか? いかにして苦しみを超えるのであるか? いかにして全く清らかにとなるのであるか?」

一八四 「ひとは信仰によって激流を渡り、精励によって海を渡る。勤勉によって苦しみを超え、智慧によって全く清らかとなる。」

一八五 「ひとはいかにして智慧を得るのであるか? いかにして財を獲るのであるか? いかにして名声を得るのであるか? いかにして交友を結ぶのであるか? どうすれば、この世からかの世に赴いたときに憂いがないのであろうか?」

一八六 (師いわく、――)「諸々の尊敬さるべき人が安らぎを得る理法を信じ、精励し、聡明であって、教えを聞こうと熱望するならば、ついに智慧を得る。」

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 註

一八四 最初期の仏教は、精励(appamada)、勤勉(viriya)を勧めていたことがわかる。

一八六 安らぎ――nibbana.

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

[][][][]憲問第十四を読む(その30) 19:35 はてなブックマーク - 憲問第十四を読む(その30) - 蜀犬 日に吠ゆ

高宗は諒陰に、三年言わず

 憲問第十四(333~379)

375 子張曰。書云。高宗諒陰三年不言。何謂也。子曰。何必高宗。古之人皆然。君薨。百官総己。以聴於冢宰三年。

(訓)子張曰く、書に云う、高宗は諒陰(りょうあん)に、三年言(ものい)わず、とあり。何の謂いぞや。子曰く、何ぞ必ずしも高宗のみならん。古の人は皆な然り。君薨ずれば、百官は己れを総べて、以て冢宰(ちょうさい)に聴くこと三年なり。

(新)子張が尋ねた。書経に、殷の天子、高宗武丁は父の喪に服すること三年の間、長い話をしなかった、とありますが、どういう意味でしょうか。子曰く、何も高宗に限ったことではない。昔の人は皆なそうしたものだ。君主が亡くなると、百官は天子から離れて自己の責任で仕事をし、是非必要の場合は最高位の大臣、冢宰の指揮に従うこと三年であった。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 子張が夫子に質問。おそらく歴史の編修や校訂作業中ではなかったかと思われます。「天子が三年もものをいわない、ということは政治に必要な命令は誰が出したのでしょうか」と。

 引用の「書」の文句は、いま既に伝わらない篇の中のものである。いまの「尚書」では「説命(えつめい)」上篇に似た言葉があるが、この「説命」篇は、魏晋のころの人が、「論語」のこの言葉その他を資料として、偽作したものである。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 なお、三年の喪、というのは

(2)「三年」は、厳密には、満二年に一日を加えると、数え年で三年になる。儒教では、実際の死亡日の一日前日をもって死亡日とするので、実際の満二年目の命日が三年目となる。この三年の喪は、親の死のときの期間であり、最も長い。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 それにたいして孔子は、学而第一三年父の道を改むることなし」や里仁第四三年、父の道を改むるなきは、孝」を引き合いに出して、「百官は従来どおりきっちりと仕事をしたものだ」と教えたわけです。

 子張の疑問は、「ふつうの士大夫であればいざしらず、天子が何も指示しない、というのは国の運営に支障が出ないか」というものですが、孔子は、「天子といえども親の子だよ」という単純なもの、でした。


 ところで、

 おやが死ぬと、三年、じつは二十七か月もしくは二十五か月の、喪に服する、というのは、漢以後、一般人にとっては制度的なものとなり、官吏もその間は休職となるのが、清朝末までの制度であっった。ただし天子は、「論語」のこの教えにもかかわらず、除外例とされ、日を以って月に易え、二十七か月を二十七日ですます、というような便法が講ぜられた。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 とあり、仕方のない面もあるのでしょうけれども、そうやって合理性を追求して礼を簡素簡略化しても良いというのであれば儒教の精神は踏みにじられたことになりませんかね。実際、陽貨第十七の455では、「三年は長すぎる」と意見をもつ宰予にたいし、孔子が「予之不仁也」と、最下級に罵倒しているのですから。



上、礼を好めば、民、使い易き

 憲問第十四(333~379)

376 子曰。上好礼。則民易使也。

(訓)子曰く、上、礼を好めば、民、使い易きなり。

(新)子曰く、為政者が礼を尊重すれば、人民は温順で使いやすくなる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 自然と感化が及ぶ、ということでしょう。ただしこれは、そういう効果のために礼があるという意味ではないとのこと。

 上が礼を好むのはもと民を使おうとするためではないが、民の使い易くなるのは礼を好むための自然の効験である。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫