蜀犬 日に吠ゆ

2010-03-26

[][][][]衛霊公第十五を読む(その2) 19:25 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

予を以て多く学んでこれを識る者と為すか

 衛霊公第十五(380~420)

381 子曰。賜也。女以予為多学而識之者与。対曰。然。非与。曰。非也。予一以貫之。

(訓)子曰く、賜や、女(なんじ)は予を以て多く学んでこれを識る者と為すか。対えて曰く、然り。非ざるか。曰く、非ず。予は一以てこれを貫く。

(新)子曰く、賜よ、お前は私を、多くのことを学んで博い知識を得たと思っているのかね。子貢が答えて曰く、その通りです。それは間違いですか。曰く、間違いだ。私はいつうも学問の本質に焦点を絞っているのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 貫くたった一つのものとは、すでに曾子が里仁第四夫子の道は忠恕」のみ、と説明しています。


 下村湖人『論語物語』では、前章の「陳蔡の法難」と一続きとします。以下、長々引用。

陳蔡の野

ただ困ったのは、食糧の欠乏であった。一日二日はどうなり事足りた。三日四日も粥ぐらいはすすれた。しかし五日目になって、粟一粒も残らないようになると、さすがに門人たちの多くは、飢えと疲れとでへとへとになって、ぐったりと草っ原に寝そべってしまった。

 孔子自身も、むろん辛かった。しかし、彼は、顔にいくらかの衰えを見せながらも、自若として道を説くことを忘れなかった。たまには、琴を弾じ、歌をうたうことさえあった。

 元気者の子路は、さすがに孔子の身近にいて、万一を警戒していた。だが彼の心は決して静かではなかった。彼は、こうした大事な場合に、孔子がまったく無策でいるのが腹立たしかった。

 (死に瀕している人間を前にして道が何だ。音楽が何だ。そんなものは、行き詰まったあげくの自己欺瞞でしかないではないか)

 彼はそんなことを考えて、うらめしそうに孔子の横顔をじろじろ見るのであった。

 五日目の夜がしだいに更けて、そろそろ夜明けも近くなって来た。初秋の空に、星は美しく輝いていたが、地上の草むらには、生死の間を縫って、わずかに息づいている人間の黒いからだが、いくつとなく不体裁にころがっていた。そして、その間から、うなされるような声さえおりおり聞こえて来た。

「先生!」

 と、だしぬけに子路のかすれた声が闇に響いた。

 孔子は、長いことなにか黙想にふけっていたが、さすがに疲れたらしく、ちょうど横になろうとするところであった。彼は子路の声を聞くと、横になるのをやめて、しずかにその方をふり向いた。すると、子路がいった。

君子にも行き詰まるということがありましょうか」

「行き詰まる?」

 孔子はちょっと考えた。しかしおだやかに答えた。

「それはむろん君子にだってある。しかし君子は濫れることがない。濫れないところに、おのずからまた道があるのじゃ。これに反して、小人が行き詰まると必ず濫れる。濫れればもう道は絶対にない。それがほんとうの行き詰まりじゃ」

 その言葉が終わるか終わらないかに、二、三間(約三・六~五・四メートル)離れたところにうずくまっていた黒い影が、むっくり起き上がって、少しよろめきながら、孔子のすぐ前までやって来た。子貢である。彼は腰をおろすと、疲れた息をはずませながら、闇をすかして孔子の顔を見つめた。

「おお、子貢か」

 孔子はいかにも情ぶかく声をかけた。しかし子貢は何ともいわなかった。彼は、無作法な口をきかないだけに、心の底ではかえって、子路以上の不平に燃えていた。かれの顔には、皮肉な薄笑いさえ浮かんでいた。孔子は闇を通して、はっきりそれを感ずることができた。

「子貢、わしはお前の期待にそむいたらしいね」

 子貢はやはりやはり黙っていた。ただ彼の息だけがますますはずむばかりであった。

「お前は、わしがいいろいろの学問をして、あらゆる場合に処する手段を知っていると思っているのだね」

「むろんです。そ……そうではありませんか」

 子貢の声はふるえていた。

 孔子は星空を仰いで、かすかにため息をもらしたが、すぐまた子貢を見て、ゆっくりと、しかし、どこかにきびしい調子をこめていった。

「そうではない。わしを貫くものはただ一つじゃ。その一つにわしの全生命がかかっているのじゃ」

 孔子は、しかし、そういい終わって非常に寂しかった。門人たちにすら理解されない道を抱いて、野に飢えている自分を、しみじみいとおしむ気にさえなった。同時に、理解しないままに、自分といっしょにこうして難儀をしている門人たちが非常に哀れに思われて、なんとかやさしい言葉の一つもかけてやりたくなった。

下村湖人『論語物語』講談社学術文庫