蜀犬 日に吠ゆ

2010-03-29

ドラえもん(1970)

[][][][]衛霊公第十五を読む(その5) 20:19 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

言うこと忠信にして、行い篤敬ならば

 衛霊公第十五(380~420)

384 子張問行。子曰。言忠信。行篤敬。雖蛮貊之邦行矣。言不忠信。行不篤敬。雖州里。行乎哉。立則見其参於前也。在輿則見其倚於衡也。夫然後行。子張書諸紳。

(訓)子張、行わるることを問う。子曰く、言うこと忠信にして、行い篤敬ならば、蛮貊の邦と雖も行われん。言うこと忠信ならず、行い篤敬ならずんば、州里と雖も行われんや。立てば其の前に参(まじ)わるを見、輿(よ)にありては其の衡に倚(よ)るを見て、夫れ然る後に行われん。子張これを紳に書す。

(新)子張が普遍妥当なる道を尋ねた。子曰く、言忠信、行篤敬の六字、言葉に誠意があり、行為に誠実のあることだ。それなら世界中、たとえ夷狄の国へ行っても妥当する。これに反して言葉に誠意がなく、行為が誠実でなかったなら生まれ故郷の町内でも相手にされまい。立てばこの六字が目の前にちらつき、車に乗ればこの六字が車の前の横木に貼りつけられていると思うほど頭の中に叩きこまれるようになって、始めてこの道が生きてくるのだ。子張はこの六字を帯の端に書きつけて、日常それを眺めることにした。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 「立則見其参於前也。在輿則見其倚於衡也」を、宮崎先生は「戒めの六文字」が目の前に浮かびあがってくる、と解釈しますが、他の本では、「まごころやつつしみといった概念」そのものが目のまわりに実体を持ち出す、とします。どっちにしても、正気とは思えません。

 つぎの「立てば則ち」云云は、難解である。忠信の言語、篤敬の行為を、つねに思いつづけ、ただ立っているときでも、わが身の前にありありとそれがあるように思い、車に乗れば車の前の横木に、それがよりかかっているように思う。そういうふうに行住座臥、忠信と篤敬を思いつづけてこそ、信念なり学説は伝播する、というふうに、古注も新注も読んでいるが、果してそれでよろしいかどうか。徂徠は別の説を立てるが、わずらわしさを避けて挙げない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 幻覚ですよねえ。


直なるかな、史魚。君子なるかな、蘧伯玉。

 衛霊公第十五(380~420)

385 子曰。直哉史魚。邦有道如矢。邦無道如矢。君子哉蘧伯玉。邦有道則仕。邦無道則可巻而懐之。

(訓)子曰く、直なるかな、史魚。邦に道あれば矢の如く、邦に道なきも矢の如し。君子なるかな、蘧伯玉。邦に道あれば仕え、邦に道なければ、巻いてこれを懐(ふところ)にすべし。

(新)衛の国の記録掛りの史魚はなんと真直ぐな性分だ。国に善い点があれば矢の進むように真直ぐに書き、国に悪い点があっても矢の進むように真直ぐに書く。偉いのは蘧伯玉だ。君主が道を尊べば出て仕え、君子が無道なれば、ぐるっと巻いて懐に入るように引っこむ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 蘧伯玉は、孔子も一目置いた衛の大夫。孔子は衛霊公に絶望して国を去ったくらいですから、まあ当時は無道だったといっていいのでしょうねえ。南子の専横が行われて。ということは、史魚は矢のようにズバズバ霊公の無道ぶりを書きつらね、蘧伯玉はひっそりと隠れ住んでいたことと思われます。


 史魚の直はまだ君子の道を尽くしていない。蘧伯玉のようにして初めて乱世に処して禍いを免れることができる。史魚の矢のようなのは、巻いてこれを懐にしようとしても懐にすることができないのである。(楊時)

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 直言することで君主が改まるのであれば、それはそうすべきでしょうけれども、そうでなければ、君臣がいたずらにいがみあうだけで、治国平天下の実現などできるはずもありません。史魚などは、「しかし、自分の職責は全うしなければならない」というかもしれませんが、結局それは国の乱れている現実を無視した自己満足や、それを治めることができないのを君主の責任にして自己弁護をはかっていることになりかねません。述而第七「これを用うれば則ち行い、これを舎けば則ち蔵る」とありますが、君子の本領は出処進退の自由自在さにあります。地位にこだわってはいけないのです。


知者は人を失わず、また言を失わず

 衛霊公第十五(380~420)

386 子曰。可与言而不与之言。失人。不可与言而与之言。失言。知者不失人。亦不失言。

(訓)子曰く、与(とも)に言うべくしてこれを言わざれば、人を失う。与に言うべからずしてこれと言えば、言を失う。知者は人を失わず、また言を失わず。

(新)子曰く、信頼のおける友人だと思ったなら、次第に秘密なことをも打明けるようにしなければ、逃げられる。信頼する価値のない人に、うっかり秘密なことを話すと、失言問題を起して災難を蒙る。知者とは親友に逃げられることもなく、人から裏切られることもないものだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 処世術。解釈は分かれるようですが、言うべき時と言うべきでない時をみきわめる知性を重要視する、ということでしょう。