蜀犬 日に吠ゆ

2010-03-31

[][][][]衛霊公第十五を読む(その7) 18:38 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

鄭声は淫にして、佞人は殆うし

 衛霊公第十五(380~420)

389 顔淵問為邦。子曰。行夏之時。乗殷之輅。服周之冕。楽則韶舞。放鄭声。遠佞人。鄭声淫。佞人殆。

(訓)顔淵、邦を為(おさ)めんことを問う。子曰く、夏の時を行い、殷の輅(ろ)に乗り、周の冕(かんむり)を服す。楽は則ち韶舞。鄭声を放ち、佞人を遠ざく。鄭声は淫にして、佞人は殆(あや)うし。

(新)顔淵が国を治める政事のやり方を尋ねた。子曰く、夏の時代の暦を用い、殷の時代の様式による馬車に乗り、周の制度による冠をかぶり、音楽は舜の時にできた韶の舞曲がよい。鄭の国に現在行われている俗曲を退け、口達者な人間は相手にしない。鄭の曲は下品だし、口達者は信用しがたいものだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 顔回が謙譲の美徳をかなぐり捨てて王となる道を問うのも驚きですが、何故か鄭国の批判になっているのも謎の章句。これは、陽貨第十七にも「鄭声の雅楽を乱すを悪む」とありますから、鄭の国の文化が乱れている、そういう話題の中での師弟の対話であったのではないかと思います。


 孔子は、顔淵に対して、乱れのない整った国のありかたを説明します。それが、「行夏之時。乗殷之輅。服周之冕。楽則韶舞。」

○夏の時=夏の暦法は歳の始めが春の始めになるようにしてあって、農業などには便利なのである。○殷の輅=輅は君の乗る大車。木製で、周のそれのように金玉で飾っていないけれども、臣下の車との差別がある。質朴で中を得たのを取ったのであろう。○周の冕=冕は祭服の冠である。冠の上に板があり、その前後に旒(たれ)がある。その制度は周に至って始めて完備した。小さいもので頭の上に被るのであるから、華美でも靡(おご)るとはいわれず、金はかかっても奢るには至らない。文(かざり)にして中を得たのを取ったのであろう。○韶舞=舜の楽で孔子が善く尽くせりと嘆美したもの。楽は舞を兼ねたものである。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 韶の音楽については、

 八佾第三子、韶を謂う。美を尽くし、また善を尽せり。

 述而第七「子、斉にありて韶を聞く


 夏、殷、周の三王朝は、それぞれその文明に特色をもち、人間の文明の、重要な三つの形式であるという意識が、孔子にあったことは、上論為政第二の、「殷は夏の礼に因る。損益する所、知るべき也。周は殷の礼に因る。損益する所、知るべき也」、八佾第三の「夏の礼は吾れ能く之れを言う」、「殷の礼は吾れ能く之れを言う」、また「周は二代に監(かんが)む、郁郁乎として文なる哉、吾れは周に従わん」、などの示すところである。うち最後の「吾れは周に従わん」は、衛霊公篇のこの章と、矛盾を含みそうであるが、矛盾は「論語」のしばしば示すところであるから措いて論ぜぬとして、この章の言葉が、上論のそれらのいずれよりも、より多く窮屈に感ぜられるのは、やはり下論の言葉であるからだろう。

吉川幸次郎『論語』下 朝日選書

 そのおっしゃりようはひどいと思います。

為政第二十世知るべきか

八佾第三文献の足らざる

八佾第三郁郁として文なる哉