蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-01

[][]買う予定 はてなブックマーク - 買う予定 - 蜀犬 日に吠ゆ

世界樹の迷宮III 星海の来訪者 特典 サウンドトラックCD付き

世界樹の迷宮III 星海の来訪者 特典 サウンドトラックCD付き


[]奪われた刻印(その8) 22:44 はてなブックマーク - 奪われた刻印(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ

 悪魔城が復活! ドラキュラよ、かくご!

  1. 悪魔城エントランス 「狂夢の幕開け」
    • 格好いい副題がついとる!
      • だけどちょっと、だけどちょっとぼくだってこわいさ。
      • この、未知のマップへの恐怖が悪魔城の醍醐味だったりするわけです。
    • 全然狂夢でなかったのは、やはりオーヴァーレベル?
  2. 悪魔城 「血文字の魔書」
    • ボス「ウォールマン」に殺される。
      • 攻撃はかわせるし、倒し方も見当がつくのにそれが実行できないもどかしさ。
      • 完成度高いなあ。

悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印

悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印



[]奪われた刻印(その7) 22:21 はてなブックマーク - 奪われた刻印(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

 しかたない、インターネットに頼り村人コンプリート

悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印

悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印

  1. 猟奇の館
    • アルバスを撃破。
      • 村人はベルモンドの末裔で、集まることに意義がある! クーベルタン憲章!
      • エクレシアの長老バーロウが全部悪い! あいつがドラキュラ!
  2. エクレシア
    • バーロウが強い。
      • 「お前という奴は!」「育てた恩を忘れおって!」「この!」「バカ弟子がぁ!!」
        • あーでも、これからコロス人間にいっても無駄なセリフですよねえ。
          • むしろ、「いっぱい食べて!」「大きくなったね!」「今が!」「屠りごろ!!」とかなんとか言った方が鬼畜味が増すのではないか。
    • ようやく撃破。
      • ドラキュラは人間の闇が生み出した、人間がドラキュラを欲している
        • いつものやつですね。
    • バーロウが封印の器から出た暗黒に呑まれる
      • 「伯爵さま!」世界をほろぼすにしては身分低いな。ストーカー補正畏るべし。
      • 「偉大なる我らが王、「ドラキュラ」伯爵よ!!」だから伯爵でしょ?
      • 悪役が悪役らしいとアクションに張り合いがあっていいね!
    • 悪魔城、貫禄の復活
      • ラストが見えたよわーいわーい。


[][]ブラディ・ロシア~~さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店 15:38 はてなブックマーク - ブラディ・ロシア~~さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

 血塗られたロシアの歴史、近代の革命期はとくに多くの悪党が現れました。ロシアを怪物がうろついている……銀行強盗という怪物が!

第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

サーシャ・セミナリスト(神学校生徒サーシャ)Саша Семинарист

 一九一三年五人組を率い、一〇件以上の強盗殺人を犯したが当時のモスクワ警視総監コーシュコКошко により逮捕され二〇年の刑となったが、二月革命で釈放された。しかし一九二〇年ボリシェビキにより銃殺された。神学校中退なのでこの仇名がある。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

コシェリコーフ一味 БанДа Кошелькова

 一九一九年一月一九日脱走中、あろうことかレーニンのこめかみに拳銃を突きつけ、車、紙入れ(財布)、ブローニング銃、クレムリン入構許可証を強奪したことで有名。一味は一八名。レーニンとは知らずに襲った者で、しかも酔っ払っていたためレーニンのつづりをリョーヴィンと読み間違えたおかげでレーニン、同情していた妹マリヤ、それと運転手の命が助かった。レーニンはあまりの治安の悪さに激怒したと言う。一九一九年六月二二日警官隊と撃ち合って射殺された。ベズーグロフとクラーロフが「ヒトローフ市場の最後」という警察小説でこの一味について描いている。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

黒いワタリガラス Чёрный ворон

 一九〇六年から一九〇七年スターリン計画を立て、エクスの名の下にカモー(一八八二~一九二二)が実行犯となって銀行強盗を働いた。エクス(徴用とか収用という意味で зкспроприация の略)というのはアナーキスト(マフノー一味など)、エスエル(ロシア社会革命党)、ボリシェビキによる資金稼ぎが目的の銀行強盗や金持ち目当ての強盗、強請を指す。有名なのはチフリス(現トビリシ)国立銀行支店を襲い、三四万ルーブルを強奪した事件である。このとき五〇名が殺害された。これによって得た資金の多くがヨーロッパでの党の活動資金となったり、レーニンの生活費になったと言われている。カモーは地下出版、武器の輸送、銀行強盗などに天才的な才能を発揮した。性格的にサディストだったという。一九二二年自動車事故で死亡したとあるが、スターリンが自分の暗い過去を消すためにオルジョニキーゼに殺害させたという噂もある。ボリシェビキのみならず他の革命政党もエクスを行い、アナーキストは黒を基調に「黒いワタリガラス」とか「自由のハヤブサ」などと名乗りエクスを行った。特にマフノー一派は一九一八年~二一年オデッサを中心に南ウクライナで猛威をふるい、首領のマフノー(一八八四~一九三四)を「黒いワタリガラス」と呼んだ。彼は黒土のシンボルとして黒旗のもと活動したという。マフノー一派以外にも、オデッサでは一九二〇年代初めにこの仇名をもつ盗賊団の首領が六〇騎を従え、四丁の機関銃で武装強盗を働いていたという。「黒いワタリガラス」という名前をつけた脅迫状を出すだけで、被害者は言う通りに金を指定の場所に置いたという。しかし、ほとんどは素人の模倣犯であり、簡単に捕まった。一九二二年にもモスクワで女性コストローミナを首領とする一味がこの名を名乗ってネップマンを狙ったが、捕まって銃殺された。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

 レーニンも、ボリシェビキがブルジョアを襲うのは許しても、自分が襲われるのは許さない、というのでは不平等ですねえ。革命精神がたりないのではないでしょうか。


第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

ミーシュカ・ヤポーンチク(一八九一~一九一九)Мишка Япочик(本名ヴィニーツキー Винницкий)

 オデッサ生まれのユダヤ人。オデッサの警察長官を爆殺し、後に一九一八年内戦のさなかオデッサを仕切った。義賊を気取り貧乏人の味方で流血をできるだけ避け、医者、弁護士、役者には手を出さなかったといわれる。後におそらく盗賊上がりの赤軍の将軍コトーフスキーの計らいで赤軍に、ペトリューラ軍と戦うために極道部隊(レーニン名称第五四銃兵隊二〇〇〇人)を設立し、隊長となるも、略奪、逃亡などの罪で処刑された。バーベリの「オデッサ物語」に登場するベーニャ・クリクのモデルとされる。一九二六年から二七年にかけて「ベーニャ・クリク」という映画が公開され大評判となったという。この主人公を勤めたクラーフチェンコ(マフノー役の映画もある)は後に本当の盗賊になり一九三六年捕まって銃殺された。ヤポーンチク(日本人)という仇名は日露戦争の後ということもあってそれほど珍しいものではなかったようだ。ミーシュカと張り合った詐欺師コーリカ・ヤポーニェツや同時代のヤクザにワーニカ・ヤポーンチクというのがいる。ちなみにヤポーンチクの写真は見つかっていない。似顔絵があるのみで、写真は革命後の戦果で焼かれたという。歌手のウチョーソフによれば、背が低く、ずんぐりして、動きは素早く、つり目(そのためにヤポーンチクという仇名がついたという)だったという。七〇年代に親族が持っていた写真を見た人によると、やはり目が細かったとのことである。その親族はヤポーンチクのことを一族の恥だと思っていたらしい。時代も変わったので写真がでてくるかもしれない。筆者はヤポーンチクの写真を探しに、オデッサの市立図書館まで出向いたが、妻と姉の写真はあったが本人のはなかった。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

 義賊ミーシュカ・ヤポーンチクだの詐欺師コーリカ・ヤポーニェツだの、とりあえず犯罪者は「ニポーンジンのように兇悪残虐卑劣」、というイメージで捕らえていたのでしょうかねえ。日露戦争なんて、主戦場は日本海や遼東半島なのに、オデッサまでも悪名轟いていたのですね。


第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

ピョンピョン(生ける屍)Попрыгунчики (Живые покойники)

 アレクセイ・トルストイの『苦悩の中を行く』という小説にも登場する強盗。一九一八年ペテルブルグで経帷子をまとったものがピョンピョンと跳ねながら行くのを見て、犠牲者が気絶したすきに金品を奪ったり、犠牲者が女性なら暴行したりと言う事件が続発した。実は竹馬のようなものにバネをつけて飛び跳ねていたのである。犯人はバリガーウゼンとポレヴァーヤの一味で結局捕まり、首領は処刑された。同じ事件が第二次世界大戦中にもあり、これはドイツのスパイが起こしたものと言われており、ドイツ軍が革命前後の犯罪史を研究した結果といわれている。チュコーフスキーの「二歳から五歳まで」という児童心理を扱った本に、当時八歳だった子息のボリースにロシアの叙事詩を何度も読み聞かせていたところ、一九一九年にこの事件のことを聞いて、ボリースは叙事詩に書いたという。普通の叙事詩よりよほど面白かったとのことである。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

 恐ろしい町だぜ、ペテルブルグ。「混沌の荒れ野」に近い分、みんな狂気点が積み重ねられているのかもしれません。つーかキョンシー?

 さらにいえば、ナチス=ドイツも何をやってるんでしょうね。「隊長、第一次大戦の犯罪記録にこんな事件の記載がありました! ハイル!」「これは素晴らしい。さっそくマネをしてソ連軍の士気をそぐのだ! ハイル!ハイル!」とかやっていたのでしょうねえ。

 そして子供が面白がって叙事詩に……って、どんな家庭教育なんだ、これ。ロシアは、奥が深すぎるぜ。ナポレオンが敗れたのは単に冬将軍などという自然現象ではなくて、ロシアの深淵を覗き込んでしまったからではないかとすら思えます。


第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

黒猫 Чёрная кошка(Шайка чёрного кота)

 一九四七年三月六日付の夕刊モスクワ紙に強盗団「黒猫」の記事が載った。なぜ黒猫かというと、この強盗団が去り際に「捜索無用 黒猫参上」とメモを残したことによる。これはブクヴァーレフの一味(後に逮捕された)がふざけて行ったことだが、模倣犯が続出し、四〇年後半から五〇年前半にかけてモスクワ市民を恐怖におとしいれた。多くはこそ泥の集団で、例えばブーシュキン通りにある家を荒らしたパノーフやシュネイデルマンを首領とする若者八人グループには黒猫の入墨があったという。モスクワの横断地下道入り口に黒い猫を描いた落書きの写真も残っている。これより有名ではないが、オデッサで一九四四年に同名のより凶暴な強盗団があり、首魁はマルシシャークといい一八人の部下を率いた。地下通路に逃れたりしたが、結局当局により壊滅に追い込まれた。翌年同じくオデッサにまたもや黒猫と名乗る強盗団が現れ、壁に黒猫を書くなどして市民を恐怖に陥れた。首領はチェルーノフと言い、結局逮捕された。一九四六年にも黒猫がオデッサに現れているので、よっぽど賊の間ではポピュラーな名前だったのだろう。黒猫を取り上げた映画と言えば「待ち合わせの場所を変えることはできない」というヴィソーツキー(俳優、詩人、歌手)主演のがある。戦後のモスクワ掲示捜査局の活動をリアルに描いている傑作である。このジェグローフ捜査主任をヴィソーツキーが演じ、そのセリフが今でも時々犯罪実録や小説で見かける。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

ロシア史異聞 (ユーラシア・ブックレット)

ロシア史異聞 (ユーラシア・ブックレット)




[][][]蛇の章を読む(その47) 15:38 はてなブックマーク - 蛇の章を読む(その47) - 蜀犬 日に吠ゆ

自分を偉い

第一 蛇の章

一二、 聖 者

二〇七 親しみ慣れることから恐れが生じ、家の生活から汚れた塵が生ずる。親しみ慣れることもなく家の生活もないならば、これが実に聖者のさとりである。

二〇八 すでに生じた(煩悩の芽を)断ち切って、新たに植えることなく、現に生ずる(煩悩)を長ぜしめることがないならば、この独り歩む人を(聖者)と名づける。かの大仙人は平安の境地を見たのである。

二〇九 平安の境地、(煩悩の起る)基礎を考究して、そのたねを弁(わきま)え知って、それを愛執する心を長ぜしめないならば、かれは、実に生を滅ぼしつくした終極を見る聖者であり、妄想をすてて(迷える者の)部類に赴かない。

二一〇 あらゆる執著の場所を知りおわって、そのいずれをも欲することなく、貪りを離れ、欲のない聖者は、作為によって求めることがない。かれは彼岸に達しているからである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

二〇七 親しみ慣れること――santhava.

 聖者――muni. 沈黙をまもって修行している聖人をいうと一般に解せられているが、それは後代に成立した通俗語源解釈であるらしい。ここではブッダ(Buddhamuni)のことをいう(Pj.)。(略)

 『リグ・ヴェーダ』においては、muni という男性名詞は「考える」(man)という語源に由来するものであり、(1)刺激・興奮させること。Erregung. (2)魅せられて恍惚となっている人。 ein Begeister, Verziickter, als Genosse der Gotter dargestellt を意味する(H.Grassmann: Worterbuch sum Rig-Veda, col 1050)。

 muni という語をファウスペルは、訳さないで、そのまま用いている。チャルマースは'the Sage' と訳す。ノイマンが'der Denker' と訳すのは、語源的には正しいが、西洋風の「思想家」を連想すると、大きな誤りとなる。

 さとり――dassana(=khanti, ruci khamati c'eva rucati ca ti attho. Pj. p.256).

 ここでは聖者(muni)とはbuddha のことである(buddhamuni という語がある。P. vol.Ⅱ, p.258, l.5)。そうしてバラモン教一般に通ずるmuni の理想を議論しているのであって、まだbuddha を問題とするに至っていない。表面的には「仏教」と称する以前の段階に属する。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

二〇八 長ぜしめることがないならば――原文には jayantam assa nanuppavecche となているが、註に assa jayantassa nanuppa vecche(Pj. p.256)とあるのに従って解した。

 見た――「さとる」とは見ることなのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

二〇九 平安の境地――santipadam.

 終極――anta.

 妄想――takka. あれこれ思慮する思い。

 迷える者の部類に赴かない――註に従って解した('devo ca manusso va, ti na upeti samkham)。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

二一〇 執著の場所――nivesana. 第七八五詩参照。

 作為によって求めることがない。――nayuhati. 'wants saught'(Chalmers); nayuhati ti tassa tassa mivesanassa nibbattakam kusalam akusalam va na karoti(Pj. Ⅱ, p.258, ll.8-9).「あれこれの執著を生ずる、善または悪をなさない。」だから、この解釈によると、善をも悪をもなさず、善悪を超越するのが聖者(ムニ)の理想であった。善だけをなすというのではないのである。

中村元『ブッダのことば』岩波文庫

 善もなさない、というのは「八正道」につながっていくのでしょうか。


[][][][]衛霊公第十五を読む(その8) 14:24 はてなブックマーク - 衛霊公第十五を読む(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ

人、遠き慮りなければ、必ず近き憂えあり

 衛霊公第十五(380~420)

390 子曰。人無遠慮。必有近憂。

(訓)子曰。人、遠き慮りなければ、必ず近き憂えあり。

(新)子曰く、人間は遠い先のことを考えながら行動しないと、きっと思わぬ躓きにぶつかるものだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 逆にいえば、目先の損得にばかり眼をやっている人は、つぎつぎとやって来る新しい悩み事を解決することができない、と。


未だ徳を好むこと

 衛霊公第十五(380~420)

391 子曰。已矣乎。吾未見好徳。如好色者也。

(訓)子曰。已んぬるかな。吾れは未だ徳を好むこと、色を好むが如き者を見ず。

(新)子曰く、困った世の中だ。異性に関心の強い人間ばかり多くて、修養に心がける人間はさっぱりいないではないか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 222とほとんど同文である。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 ほとんど同文ですが、「已矣乎」が加わっているわけですね。というわけで、恒例の「已矣乎」和訳比較。

 読み下し訳文
金谷治已んぬるかなおしまいだなあ
宮崎市定已んぬるかな困った世の中だ
加地伸行已んぬるかなもはやだめだな
宇野哲人已んぬるかなもはやこれで望むのをやめてしまおうか
吉川幸次郎已んぬるかな自己の理解者がどこにもいないという絶望

現代風にいえば。