蜀犬 日に吠ゆ

2010-04-01

[][]ブラディ・ロシア~~さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店 15:38 はてなブックマーク - ブラディ・ロシア~~さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

 血塗られたロシアの歴史、近代の革命期はとくに多くの悪党が現れました。ロシアを怪物がうろついている……銀行強盗という怪物が!

第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

サーシャ・セミナリスト(神学校生徒サーシャ)Саша Семинарист

 一九一三年五人組を率い、一〇件以上の強盗殺人を犯したが当時のモスクワ警視総監コーシュコКошко により逮捕され二〇年の刑となったが、二月革命で釈放された。しかし一九二〇年ボリシェビキにより銃殺された。神学校中退なのでこの仇名がある。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

コシェリコーフ一味 БанДа Кошелькова

 一九一九年一月一九日脱走中、あろうことかレーニンのこめかみに拳銃を突きつけ、車、紙入れ(財布)、ブローニング銃、クレムリン入構許可証を強奪したことで有名。一味は一八名。レーニンとは知らずに襲った者で、しかも酔っ払っていたためレーニンのつづりをリョーヴィンと読み間違えたおかげでレーニン、同情していた妹マリヤ、それと運転手の命が助かった。レーニンはあまりの治安の悪さに激怒したと言う。一九一九年六月二二日警官隊と撃ち合って射殺された。ベズーグロフとクラーロフが「ヒトローフ市場の最後」という警察小説でこの一味について描いている。

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第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

黒いワタリガラス Чёрный ворон

 一九〇六年から一九〇七年スターリン計画を立て、エクスの名の下にカモー(一八八二~一九二二)が実行犯となって銀行強盗を働いた。エクス(徴用とか収用という意味で зкспроприация の略)というのはアナーキスト(マフノー一味など)、エスエル(ロシア社会革命党)、ボリシェビキによる資金稼ぎが目的の銀行強盗や金持ち目当ての強盗、強請を指す。有名なのはチフリス(現トビリシ)国立銀行支店を襲い、三四万ルーブルを強奪した事件である。このとき五〇名が殺害された。これによって得た資金の多くがヨーロッパでの党の活動資金となったり、レーニンの生活費になったと言われている。カモーは地下出版、武器の輸送、銀行強盗などに天才的な才能を発揮した。性格的にサディストだったという。一九二二年自動車事故で死亡したとあるが、スターリンが自分の暗い過去を消すためにオルジョニキーゼに殺害させたという噂もある。ボリシェビキのみならず他の革命政党もエクスを行い、アナーキストは黒を基調に「黒いワタリガラス」とか「自由のハヤブサ」などと名乗りエクスを行った。特にマフノー一派は一九一八年~二一年オデッサを中心に南ウクライナで猛威をふるい、首領のマフノー(一八八四~一九三四)を「黒いワタリガラス」と呼んだ。彼は黒土のシンボルとして黒旗のもと活動したという。マフノー一派以外にも、オデッサでは一九二〇年代初めにこの仇名をもつ盗賊団の首領が六〇騎を従え、四丁の機関銃で武装強盗を働いていたという。「黒いワタリガラス」という名前をつけた脅迫状を出すだけで、被害者は言う通りに金を指定の場所に置いたという。しかし、ほとんどは素人の模倣犯であり、簡単に捕まった。一九二二年にもモスクワで女性コストローミナを首領とする一味がこの名を名乗ってネップマンを狙ったが、捕まって銃殺された。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

 レーニンも、ボリシェビキがブルジョアを襲うのは許しても、自分が襲われるのは許さない、というのでは不平等ですねえ。革命精神がたりないのではないでしょうか。


第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

ミーシュカ・ヤポーンチク(一八九一~一九一九)Мишка Япочик(本名ヴィニーツキー Винницкий)

 オデッサ生まれのユダヤ人。オデッサの警察長官を爆殺し、後に一九一八年内戦のさなかオデッサを仕切った。義賊を気取り貧乏人の味方で流血をできるだけ避け、医者、弁護士、役者には手を出さなかったといわれる。後におそらく盗賊上がりの赤軍の将軍コトーフスキーの計らいで赤軍に、ペトリューラ軍と戦うために極道部隊(レーニン名称第五四銃兵隊二〇〇〇人)を設立し、隊長となるも、略奪、逃亡などの罪で処刑された。バーベリの「オデッサ物語」に登場するベーニャ・クリクのモデルとされる。一九二六年から二七年にかけて「ベーニャ・クリク」という映画が公開され大評判となったという。この主人公を勤めたクラーフチェンコ(マフノー役の映画もある)は後に本当の盗賊になり一九三六年捕まって銃殺された。ヤポーンチク(日本人)という仇名は日露戦争の後ということもあってそれほど珍しいものではなかったようだ。ミーシュカと張り合った詐欺師コーリカ・ヤポーニェツや同時代のヤクザにワーニカ・ヤポーンチクというのがいる。ちなみにヤポーンチクの写真は見つかっていない。似顔絵があるのみで、写真は革命後の戦果で焼かれたという。歌手のウチョーソフによれば、背が低く、ずんぐりして、動きは素早く、つり目(そのためにヤポーンチクという仇名がついたという)だったという。七〇年代に親族が持っていた写真を見た人によると、やはり目が細かったとのことである。その親族はヤポーンチクのことを一族の恥だと思っていたらしい。時代も変わったので写真がでてくるかもしれない。筆者はヤポーンチクの写真を探しに、オデッサの市立図書館まで出向いたが、妻と姉の写真はあったが本人のはなかった。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

 義賊ミーシュカ・ヤポーンチクだの詐欺師コーリカ・ヤポーニェツだの、とりあえず犯罪者は「ニポーンジンのように兇悪残虐卑劣」、というイメージで捕らえていたのでしょうかねえ。日露戦争なんて、主戦場は日本海や遼東半島なのに、オデッサまでも悪名轟いていたのですね。


第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

ピョンピョン(生ける屍)Попрыгунчики (Живые покойники)

 アレクセイ・トルストイの『苦悩の中を行く』という小説にも登場する強盗。一九一八年ペテルブルグで経帷子をまとったものがピョンピョンと跳ねながら行くのを見て、犠牲者が気絶したすきに金品を奪ったり、犠牲者が女性なら暴行したりと言う事件が続発した。実は竹馬のようなものにバネをつけて飛び跳ねていたのである。犯人はバリガーウゼンとポレヴァーヤの一味で結局捕まり、首領は処刑された。同じ事件が第二次世界大戦中にもあり、これはドイツのスパイが起こしたものと言われており、ドイツ軍が革命前後の犯罪史を研究した結果といわれている。チュコーフスキーの「二歳から五歳まで」という児童心理を扱った本に、当時八歳だった子息のボリースにロシアの叙事詩を何度も読み聞かせていたところ、一九一九年にこの事件のことを聞いて、ボリースは叙事詩に書いたという。普通の叙事詩よりよほど面白かったとのことである。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

 恐ろしい町だぜ、ペテルブルグ。「混沌の荒れ野」に近い分、みんな狂気点が積み重ねられているのかもしれません。つーかキョンシー?

 さらにいえば、ナチス=ドイツも何をやってるんでしょうね。「隊長、第一次大戦の犯罪記録にこんな事件の記載がありました! ハイル!」「これは素晴らしい。さっそくマネをしてソ連軍の士気をそぐのだ! ハイル!ハイル!」とかやっていたのでしょうねえ。

 そして子供が面白がって叙事詩に……って、どんな家庭教育なんだ、これ。ロシアは、奥が深すぎるぜ。ナポレオンが敗れたのは単に冬将軍などという自然現象ではなくて、ロシアの深淵を覗き込んでしまったからではないかとすら思えます。


第二部 ロシア悪人外伝

(三)盗賊群像

黒猫 Чёрная кошка(Шайка чёрного кота)

 一九四七年三月六日付の夕刊モスクワ紙に強盗団「黒猫」の記事が載った。なぜ黒猫かというと、この強盗団が去り際に「捜索無用 黒猫参上」とメモを残したことによる。これはブクヴァーレフの一味(後に逮捕された)がふざけて行ったことだが、模倣犯が続出し、四〇年後半から五〇年前半にかけてモスクワ市民を恐怖におとしいれた。多くはこそ泥の集団で、例えばブーシュキン通りにある家を荒らしたパノーフやシュネイデルマンを首領とする若者八人グループには黒猫の入墨があったという。モスクワの横断地下道入り口に黒い猫を描いた落書きの写真も残っている。これより有名ではないが、オデッサで一九四四年に同名のより凶暴な強盗団があり、首魁はマルシシャークといい一八人の部下を率いた。地下通路に逃れたりしたが、結局当局により壊滅に追い込まれた。翌年同じくオデッサにまたもや黒猫と名乗る強盗団が現れ、壁に黒猫を書くなどして市民を恐怖に陥れた。首領はチェルーノフと言い、結局逮捕された。一九四六年にも黒猫がオデッサに現れているので、よっぽど賊の間ではポピュラーな名前だったのだろう。黒猫を取り上げた映画と言えば「待ち合わせの場所を変えることはできない」というヴィソーツキー(俳優、詩人、歌手)主演のがある。戦後のモスクワ掲示捜査局の活動をリアルに描いている傑作である。このジェグローフ捜査主任をヴィソーツキーが演じ、そのセリフが今でも時々犯罪実録や小説で見かける。

さとう好明『ロシア史異聞』ユーラシア・ブックレット145 東洋書店

ロシア史異聞 (ユーラシア・ブックレット)

ロシア史異聞 (ユーラシア・ブックレット)